消えた体温

前話「知らない声

 今でも覚えている。風に揺れる銀髪、優しく笑んだ青の瞳も。

 そして、最後の最後に見せたあの――酷薄な微笑すら。


 かつて、私の人生が大きく、あまりに大きく変わってしまった日があった。

 受け入れがたい程の変化だったように思う。しかしそれを悟られないように私は、父が死んだことには目を瞑り、手に入れてしまった悠久の時を無邪気に喜んだ。

 喜ぶ、しかなかった。

 実際嬉しいという気持ちが全くなかったわけではない。私はそれまで厳しく制限されていた学びを、父の弟子の、さらに弟子となることによって、こころゆくまで堪能することができるようになったのだ。

 だから、その嬉しさだけを考えていた。

 穏やかな日々だった。

 愛する人が傷付くことも最早なく、私も望んだ日々が手に入った。

 しかし――。


 そう思っていたのは私だけだったのだろう。


 私の師となった愛する男は、次第に悩み込むようになった。

 夜に魘されることも日毎に増えていく。


「あなたは……、何に苦しんでいるの?」


 そう問いかけても、彼は答えてはくれない。


「いいんだ、ただ傍にいてくれれば」


 抱き締める腕、触れあう体温は、ほっとするほどあたたかだった。

 しかし、私の背に回された手は何かに縋るように握りしめられ、力を込めたそれは震えていた。


「大丈夫、ここにいるわ」


 私はその震えを、春の寒さのせいだと誤魔化して、見ないフリをする。

 それが、いけなかったのだろうか。


 彼の持つ知識を私が一通り吸収した頃――。


 彼はもう私を見ても愛おしげに笑うことはなく、そして――


「――次に会った時、僕は……君を殺す」


 そう言い残して、彼は姿を消した。

次話「奪われたお前

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