師の娘

「また部屋に閉じ籠って本ばかり読んでいるんですか、シャティア?」


 少年は開けた扉をコンと叩いて言った。

 その声にはっと顔を上げたのは、真っ直ぐな黒髪を背に流した少女だ。


「ノ、ノイエン。いつからそこに?」

「少し前からですよ。……今度は何を読んでるんです?」

「その……、魔術教本を……」


 少年――ノイエンは、バツが悪そうに開いた本へ顔を伏せるシャティアを見て微笑んだ。


「お師匠――、お父上のご許可は出たのですか?」

「……いいえ。だから、黙っていてくれると……」


 ちらりと上目遣いでこちらを見てくる彼女は、とてもかわいらしい。

 ノイエンはそんなシャティアにくすりと笑いをもらしながら、彼女の傍へと近付いた。


「仕方ないですね」


 そういいながら、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。シャティアはノイエンが願いを聞いてくれたことを悟ってほっとした顔をしたが、すぐに口を尖らせた。


「もう、すぐ子供扱いするのだから……」


 シャティアはノイエンが子供を相手にするように頭を撫でるのが気に入らないらしい。


「それに……敬語はやめて、と言ったでしょう? あなたはお父様の一番信頼するお弟子様。……不出来な娘にまでへりくだる必要はないわ」

「……。そう自分を卑下するものじゃないよ、シャティア」


 頭を撫でるのをやめて、つややかな黒髪に指を通せば、彼女は少し不満げな顔のままながらも、黙ってその指に身を任せる。


「でも、わたしはあなたが羨ましい。お父様に信頼されて、何でも教えてもらえて、何でも学ぶことができる……。そのことが、とても」


 ノイエンは悲しげな顔をするシャティアの髪をただ梳くことしか出来ない。


 シャティアは国一番の魔術師を父に生まれた。しかし彼女は、普通の魔術師の半分以下しか魔力を保持しない身体だった。

 それに彼女の父は少なからず落胆し、娘が魔術を学ぶことを、彼女が成長した今でさえ許していない。

 彼女のためなのだと言っているが、気難しい性質(たち)の彼が本心で何を考えているのかなど、一番弟子を自負するノイエンにも分からなかった。


 ノイエンはシャティアの長い黒髪を掬い取ると、そこに口付けを落とす。

 そしてそっと彼女を後ろから抱きしめた。回した腕にシャティアが頬をすり寄せる。


「シャティアの願いは俺が叶えるよ。だから、もう少しだけ待っていてくれ」


 ノイエンは振り返った彼女の頬に唇でふれる。

 頬を薄紅に染めたシャティアは、とても美しいと思った。

次話「父の弟子

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