037:影
それからの数ヶ月をレミアはよく覚えていない。
気が付くと、王都にある煌びやかな城で、王女としての生活がはじまっていた。
後に聞いた話では、王が崩御した後、次の王の選定がはじまった。本来ならば、王の子が次の王位を継ぐべきなのだが、王は子を残す前に世を去った。また、王には兄弟姉妹もおらず、他は血の濃さや、年齢など適当な王族が存在しなかった。
そうなった場合、王にと白羽の矢が立つのが、アスーリアをはじめとした王家と近しい家々なのだが、殆どの家がここ数代に王家との婚姻がないか、当主が若くで亡くなるなど、家の存続の危機を向かえているといったように、とても王家に成り代われる状態ではなかった。
アスーリア家を除いた家々は。
そのため、当然のごとくレミアの父たる、アスーリア家当主が次期国王と決定した。
レミアの身分も一介の地方領主の娘から王女になり、生活は一変した。
城で始まったのは、毎日勉強漬けの日々。外で遊ぶこともなくなり、家族と顔を合わせられる時間も激減した。
それでも、兄も母も変わらず優しかった。
だが、優しかったはずの父は厳しく、冷たく、どんどんと変わっていった。
レミアが王女となり、一年ほど経った時だっただろうか。
あの日はひどく天気が悪く、城全体が暗く陰鬱な空気で満たされていた。
何をしていた時だったのか、その日、レミアは普段あまり来ることのない区画を通った。
その時遠くから、怒鳴り声のような、口論をするような声が聞こえたのだ。
お母様とお父様だ……。
心配になったレミアは、その声を頼りに、二人のいると思しき場所へと進んでいった。
「―――王位につく。これは私の悲願だ!」
父の叫び声が聞こえた。その剣幕にレミアはビクリと身体を震わせ、両親がいると思しき部屋の扉の前で固まってしまった。
後に思う。その時、いっそ、その扉を開けていれば、その続きを、恐ろしい現実を知らないままでいられたのではないかと。
母が息を飲む気配。そして、母の声が聞こえた。
「その為だけに、あなたは陛下を殺したの?!」
それは、まさに父の影の一面。
父は王になり、変わっていった、のではない。今まで見せなかった一面を、見せるようになった、のだ。
そのことに、レミアはようやく気が付いた。