043:カタルシス(精神浄化作用)
それからは、あっという間だった。そう言って、レミア姫は自嘲気味に笑った。
レミア姫の母は、心労のため程なくして倒れ、寝台から動けぬ状態となり、レミア姫自身も婚姻が決まった。ラルティス第一王子との、僕との結婚だ。
そうしてこれまでの経緯を語ったレミア姫は、そこで言葉を切り、僕の目を一層真剣な目で見つめ、口を開いた。
「父は、ラルティスに戦を仕掛けようとしています。」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「………貴女がいる、のに?」
王族同士の結婚は、少なからず政治的思惑が関わってくる。小国が大国の後ろ盾を得るという理由や、和平の条件。悪く言えば、攻めることが出来ないように人質とする、といったものが多い。今回の婚姻は人質などという物々しいものが目的ではないが、二国間の平和を保つ、という役割はもちろんある。
あちらも、アーノティウムとラルティスの平和を望んでいたのではないのだろうか。
「殿下。…父は、戦争をはじめるために、私をラルティスに嫁がせたのですよ。」
レミア姫は悲し気に微笑む。彼女の浮かべる笑顔は、ひどく痛々しかった。
「父は、私の命を狙っています。そして、私の命を守れなかった、それを理由にラルティスへ宣戦布告する。―――それが、父の、アーノティウム王の、狙いなのです。」
そんなことが、あり得るのだろうか。
「あり得ないと、思いますか?」
僕の心を読んだかのように、彼女が呟く。いやもう、顔に出ていたのかもしれない。
「レミア姫……」
何を言ってよいのか、どうしたらよいのか分からず、僕はただ、彼女の名前を呼んだ。
ただ、それだけ。
だがそれが何かのきっかけだったかのように、レミア姫の目から、ぽたりと涙が零れ落ちた。
「わ、私も、あり得ないと、そう言えたら、どんなに良かったか……。でも、これは事実、そして、それを止める、ために、お兄様がお父様を…殺そうとしてる。殺して、王位を得る。…それしか、もう、お父様を止められないから。」
レミア姫は流れ落ちる涙を隠そうとするかのように、手で顔を覆った。隠し切れない嗚咽が漏れ聞こえる。
ここまで聞けば、侍女としてラルティスに入ったのも、ある程度察しがつく。「レミア姫」と今目の前にいる彼女、そのどちらかがもし殺されてしまっても、どうにかなるようにだろう。「レミア姫」が殺されても、彼女が本物であると名乗り出ることが出来る。彼女が殺されても「レミア姫」は生きている。ということだ。
これからどうするのか、考えることは山のようにある。
だが、今はただ。
「レミア。」
僕は初めて、真っすぐに彼女の名前を呼んだ。レミアが顔を上げた。泣き腫らした顔は赤くなっていた。
僕はそろっと彼女に手を伸ばし、抱き寄せる。宥めるようにその背中を撫でていると、固まっていた身体から幾分か緊張が取れ、彼女は僕にしがみ付くようにして泣きじゃくりはじめた。
今はただ、彼女を一人にしたくなかった。