036:虹

 待ってる


 そんな簡素なメール文に唆されて、七恵は家を出る。

 金曜日の夜。土曜日。日曜日。

 その週によって、そのメールが来る日は変わったけれど、そのメールが七恵をどうしようもなく縛り付ける。


 七恵の日常が変わっていく。そして季節も変わる。

 街の街路樹が、気が付けば黄色から赤になって、散り始めている。

新堂(しんどう)。」

 会社からの帰り道。後ろからの自身を呼ぶ声に、七恵は振り返った。

「今帰り?」

 軽く手を振りながら近づいてくる男は、七恵の同期の男で、違う課に配属された今も、何かと顔の合わすことの多い人物だ。

「ええ。川並(かわなみ)も?」

 彼が追いつくのを待って、二人は並んで歩きだす。

「なあ、この後暇? 飲みにでも行かないか?」

「え……」

 他の同期も含めての食事は何度もあったが、二人の状況で誘われたのは初めてだった。

 今日は金曜日。

 携帯を確認しようかと上着のポケットを探ろうとし、その直前で手を止めた。どうしようかと迷う心が、助けを求めるように上を向かせた。

「あ、虹……。」

 七恵の視線の先には、薄っすらと見える虹がある。

「あぁ、ほんとだ。」

 消えそうな虹。

 それが、今の将人との関係を暗示するようで、七恵はぎゅっと目を瞑った。

 そして、結局携帯は取り出さず、隣にいる同期の方に向き直った。

「いいよ、行こっか。飲みに。」

「あ、やった。行ってみたい店があったんだ。そこが女性向けで入りづらくて……」

 他愛のない会話に笑う。

 いっそ、彼の事が好きなら良かったのに。

 そう思いながら。

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