035:苺
「お兄さまぁー! 見て! こんなにたくさん苺が取れたの!」
それは、レミアが隣国ラルティスの王子の元へと嫁ぐ、十年ほど前。まだ、レミアが暗い権力闘争に巻き込まれることもなく、ただただ毎日を笑って過ごせていた時代。
籠一杯の真っ赤な苺を手に、レミアはぱたぱたと大好きな兄の元へと走る。
「レミア、そんなに走っては転んでしまうよ。」
優しい兄トレヴィスは、レミアを優しく抱き留め、頭を撫でた。
ここは、アーノティア王国のアスーリアという、国境にある地方だ。ラルティスとの国境沿いにある為、昔は紛争が絶えなかったが、ここ数十年は平和なものだった。
レミアの生まれたアスーリア家は、そういった重要な地点を任されている事からも分かるように、王家にとって重要な家の一つである。王家の血が薄まらぬように、幾代か毎に王家の姫と婚姻を結び、その血を守る。それがアスーリアや他幾つかある家の役割であった。実際、レミアの祖母も王家の姫である。
アスーリアは王家と縁深い。
とはいえ、年に一、二度挨拶に行くくらいの付き合いだった。
レミアの生活はといえば、田舎の村で自然と共に、大好きな家族に囲まれて暮らす。そんな生活を生まれて十数年続けてきた。
この生活が、ずっと続くと思っていた。
だが、幸せは儚く、変化は容赦なく襲い来る。
それは、レミアが十歳を少し過ぎた頃のこと。
「トレヴィス! レミア!」
トレヴィスにご機嫌で本を読んでもらっていたレミアは、とても慌てた様子の母に不思議そうな顔を向けた。
「母上、何かあったのですか?」
広げていた本を閉じて、トレヴィスが問いかける。
「え、えぇ……。」
「お母様……?」
その時、とても、とても嫌な予感がした。
そして、その予感が裏切られることはなかった。
「陛下が、御崩御なさいました………。」