042:理由
同僚、川並
「それじゃ、乾杯。」
白ワインの入ったグラスを軽くぶつける。カランと澄んだ音がなった。
甘めのやさしいアルコールが、心地よく喉を刺激する。七恵はワインの事はよく分からなかったので達哉に任せてみたのだが、七恵の好みを知っていたかのように、それはとても美味しい七恵の口に合ったものだった。
ワインを味わっていると、料理が運ばれてくる。前菜のサラダ、スープ、メインディッシュに魚のムニエル。どれも見た目にも美しく、女子受けは確かだろう。味も申し分なく、とても美味しかった。
達哉と二人で食事というのは初めてだったが、そんな一抹の不安はすぐに掻き消え、会話はテンポ良く進み、時間はあっという間に過ぎていった。
そして、最後に出てきたデザートのケーキとそれに添えられたアイスクリーム。それを七恵はスプーンで掬いあげた、その時だった。
「……それでさ、何かあったのか?」
七恵の手がピタリと止まった。顔を上げると、真剣な顔をした達哉がそこにいた。
途切れた会話。周りの喧騒は遠く、二人きりになってしまったかのような錯覚に陥る。
「……、何が?」
「いや、ここ暫く、なんか…元気なかったからさ。」
「そう、かな?」
元気がない? 何か落ち込むような事はなかった、はずだ。仕事も、人間関係も、健康も良好。何も心配されるようなことは、ない。
七恵は、少し目を伏せて、スプーンを置いた。
思い当たるとすれば、ただ一つ。今も心の片隅から消えてくれない、携帯電話。
「………。」
達哉の顔が真剣な顔から心配げな顔へと変わった。もう表情で、何か思い当たる節があること、それがばれてしまったらしい。
「言えないこと?」
七恵が無言で頷くと、達哉は少し寂しそうな顔をしたが、だがそれは一瞬で、七恵に笑いかけた。それは七恵を安心させるような笑顔だった。
「なら、無理には聞かない。……聞かないけど、気晴らしには付き合うし、新堂さえよければ、また飲みに行こうよ。」
「ええ……、そうね。」
達哉の笑顔につられるように七恵も微笑んだ。
そのあとは、すっかり溶けてしまったアイスクリームに、二人で一しきり笑うと、和やかに時間は過ぎていった。