034:眼鏡
「こんにちはー。」
「七恵! いらっしゃい。さ、あがって、あがって!」
叶恵の結婚式から早一週間。専業主婦に転身した叶恵が可愛らしいエプロンを身に纏って七恵を出迎えた。
今日は土曜日。七恵は休みを利用して、叶恵とその夫の、いわゆる、愛の巣に遊びに来ていた。
「お邪魔します、修仁さん。」
義兄となった人物はキッチンで、何かのソースらしき物を作っているようだった。
「いらっしゃい、七恵さん。」
七恵はラブラブの二人を横目に、リビングのソファに腰を下ろした。ダイニングキッチンのため、二人の様子がよく見えるが、イチャつきながらも、テキパキと料理をこなしていく様は、さすが叶恵とその夫だと思った。
「おっまたせぇ〜」
暫くして、上機嫌の叶恵が料理を運び終わると、食事が始まった。今日の昼食はホワイトソースのパスタに、パンとサラダ。
昼間から何てオシャレなんだろう。
味は抜群に美味しかった。
「でも、七恵さんと初めて会ったときはびっくりしたなぁ。」
食後のデザートに舌鼓を打っていた時、修仁が不意に呟いた。
「何が?」
叶恵がフォークを咥えながら聞いた。七恵も手を止める。
「いや、双子だって聞いてはいたけど、叶恵がもう一人いる! って、思って。」
なんでも、修仁は叶恵と会うまで、双子に生で会ったことがなかったらしく、双子とは彼にとってテレビの中の住人に、ほぼ等しかったらしい。
「今だって、七恵さんが眼鏡外したら、間違えそうで。」
や、さすがに奥さんの見分けはつくよ? と照れたように修仁が笑うと、叶恵もつられて笑う。
一しきり笑った後、七恵がどこかぼんやりと虚空を見つめていることに、叶恵はようやく気が付いた。
「……七恵?」
「―――え、あ……。な、んでもない、よ?」
叶恵に名前を呼ばれ、はっとして、七恵は手を振って誤魔化す。叶恵も、訝しげではあったものの、それ以上の追及はしてこなかった。
七恵がそれ以上話さないのを悟ると、叶恵と修仁はすぐに別の話題で盛り上がりはじめた。
七恵はそれを聞くともなく聞きながら、胸を支配する激しい虚無感に見て見ぬふりをした。