026:黒い雨
きっと、成し遂げてみせるから、それまで―――
あれは過去の記憶。
雨の中、夜の闇に紛れるようにして故郷を去る私に、あの人が最後にかけた言葉。
彼がずぶぬれで、馬車に乗る私を見上げた。
馬車がゆっくりと動き始める。
「あっ……。」
彼の言葉尻は雨の音に掻き消された。
「―――っ」
「目が覚めましたか。」
倒れた侍女を傍らに、大慌てで城へと戻ってから早数時間。彼女の手の怪我をみた医者は、手早くそれを手当してもう部屋にはいない。彼女が眠ってしまているのは、疲れがたたっているだけ。そう時間を置かず目が覚めるというのが侍医の言だ。そういうことならと、僕は侍女の部屋で彼女の起床を待つことにしたのだった。
「………殿下。」
目を覚ました彼女はのそりと上体を起こす。
女の目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。今までは化粧か何かで上手く隠していたのだろう。
僕はその目元から視線を外し、白い包帯が巻かれた彼女の細い手を見た。
「手の怪我は大事ないそうです。…疲れが溜まっていたのでしょうね、今は夕方……もう夜ですね。」
窓の外を見れば、もう既に日が沈み、空を黒が支配しはじめている。
どこかやつれた様子の彼女に、花畑での事を詳しく聞くのは酷なようにも思ったが、それでも聞かねばならない。
彼女が本当に、「レミア姫」なのかを。
「それで……」
「―――こんな、月の無い夜でした。」
彼女が僕の言葉を遮り口を開いた。
「え……?」
「そして、雨が降ってた。………私が国を出た日の話です。」
泣きそうな顔で彼女は笑った。
「騙していて申し訳ありませんでした、殿下。」
彼女は頭を下げる。
長い話のはじまりだった。