029:毒
「城内は自由にしていい?」
エセルはそう告げてきた護衛、という名の監視役の男を見た。朝から晩までエセルの部屋の前で控えている、勤勉な男だ。
「はい、皇太后陛下からの御下命です、殿下。」
「あ、そう……。」
やっと、仕事をさせる気になったのだろうか。
用件だけ伝えると、跡は黙ってこちらの様子を窺っている男をエセルは見る。
「………お前は?」
「は……?」
「は、じゃなく。…お前は、このまま私のかん…護衛を続けるのか?」
城内を自由に歩かせるのなら、部屋の前を陣取って兵が立ち続ける必要はない。かわりに、エセルの後ろにくっ付いて歩く者の、二人や三人はつくはずだ。
それならば、この男が良い。
時折、この男の代わりに監視をしていた者達は、エセルに対し好奇心が隠せないのか、不躾な視線をエセルに送っていた。エセルはそれが気に入らなかった。その点、この男ならば、職務は職務と弁えているのか、万事控えめで、不必要な事は話さない。詮索してくるような事もなかった。
「どうなんだ?」
「は……。で、殿下がそう御望みならば……。」
表情の変化が見られなかった彼が、エセルにも分かる程驚いている。そんな男の様子に、エセルの方が驚いてしまう。
護衛は別にいたのか? ……いや、いなかった?
そんなことがあるのだろうか。
通常、城内では王族と言えど、護衛をぞろぞろ引き連れて歩くような事は無い。だが、エセルは「ただの王族」ではない。
この部屋に殆ど閉じこもっているような生活の為、得られる情報は少ない。だがそれでも、まだ多くの人間が、前王及び王妃に毒を盛ったのは未だにエセルであると思っているのが、嫌というほど分かっていた。
未だ疑惑の晴れきらぬ人間を、一人でふらふらさせるなど、ありえないことだ。
男は未だ不思議そうな顔をしたまま、エセルの言葉を待っていた。
「……お前が私の護衛を務めること、お前の不利益にはならないか?」
いわばエセルは大罪人。エセルやアイリアがどれだけ否定しようと、人々の意識が変わらぬ内は、事実など関係が無い。その目は、エセルと懇意の者全てに向けられる。エセルが命じた護衛も、その例に漏れない。
そこまで考えて、エセルは尋ねた。
「そのような事……。―――よろこんで務めさせて頂きます、殿下。」
だが、予想していたよりもずっと、優しい笑顔がそこにあった。そんな男に、エセルはすっかり毒気を抜かれ、呆れた様に笑った。
「ああ。よろしく頼むよ、ディーク。」