028:還る
「っと……。」
目の前でふわりと柔らかい髪が舞う。足が絡まったのか、こけそうになった女性をアーネストは抱きとめて、手を取り立たせた。
「御怪我は?」
「あ、いえ……。ありがとう。」
少し低い位置にある彼女の頬が、ほぉと赤く染まる。目が合うと、彼女は慌てて俯いた。
アーネストは零れそうになる溜息を押し殺し、彼女の手を取ったまま膝をついた。
「―――ダンスの御相手、御願い出来ますでしょうか、美しいカトリア姫。」
周りの視線が刺さる。
早くこんな茶番劇を終わらせたい。
殺した溜息で窒息しそうだった。
それが、半年前の事。
アーネストは、ネリアの家の前で扉を叩く事も出来ぬまま、立ちすくんでいた。
半年と少し前、突然王から呼び出しがあった。そこで聞かされたのが、王の娘がアーネストに一目惚れしたという話だった。
そして、そのまま気が付けば縁談が進み、あの日“アーネストが姫に一目惚れした”ということだ。あの舞踏会はすべて織り込み済みの、まさに茶番劇だ。
そして、後一週間もすれば婚約式が行われ、正式に姫、カトリアと婚約者同士となる。
それまでに、ネリアと会って話がしたかった。
溜息を吐く。
顔を覆ってその場に蹲る。
何度ノックしようと試みても、その寸前で止まった。彼女と相対する勇気が出ない。
ネリアは泣くだろうか。
「そんなの………」
見たくない。
アーネストは立ち上がり、踵を返した。
ネリアとの未来を夢見た、何の障害も無くそれを思い描けたあの頃に還りたい。
そう願った。
叶わぬこととは知りながら。