021:identity(自己の存在証明)

 部屋の窓から飛び降りる。下方に積もった雪はふかふかとして、着地の衝撃を和らげてくれた。

 窓から見えた小さな影、エセルの弟である小さな人影は、少し遠い所にあり、こちらに気が付いた様子はない。

 エセルは弟に近付いて行った。小さな弟は雪を掴みあげて、ぎゅっと握り雪玉にしている。

 エセルも小さい頃はよくした、と懐かしさに目を細めた。

 さくさくと歩を進める。その足音に気が付いたのか、目の前の弟はバッと振り返った。

「あ……。」

「こんにちは、ユーリティアス殿下。」

 エセルは警戒しているらしい弟に配慮して、少し遠い位置で立ち止まった。

 いや、警戒、というより……、怖い世話役にイタズラがばれた時の顔だ。

「こ、こんにちは……。」

「何をしてたんですか?」

 出来る限り不安を取り除こうと、優しく言ったつもりなのだが、弟はますます小さくなっていく。

「殿下、別に怒りにきたわけじゃないですよ。」

「え………。」

 ぎゅっと守るように抱きしめていた雪玉にまわされていた手から、心なしか力が抜けた気がした。

「私も殿下くらいの時にはよくしましたからね。」

「そ、うなのですか……?」

 エセルは、よいせとしゃがみ込み、そうですよ、と頷く。

「誰が怒るのです?」

「あ、………おかあさま、が。」

 それは、エセルの問いへの返答だったのか、それともこの場所に近付いてくる人物を述べたのか、弟の顔がさっと青ざめる。エセルが振り返ると、ザクザクとこちらに歩いてくる女性の姿が見えた。

「陛下!」

 アイリアが怒鳴る。弟はビクッと肩を揺らして、持っていた雪玉を手離すと立ち上がった。エセルもそれを横目に見ながら、ゆっくりと立ち上がる。

「またこんなところで! 貴方には国主という自覚があるのですか?!」

 アイリアが手を振り上げる。それは小さな弟の頬へと飛ぶ。

「!」

 だが、弟の元まで届く前に、それはエセルの手によって阻まれた。

 アイリアの手首をエセルが掴む。その行動にアイリアがエセルをギッと睨む。エセルの静かな目線と交差した。

「手をあげるほどの事ではないでしょう、皇太后陛下。」

 アイリアはさらに目線を鋭くする。だが、手の力は抜けて、それを下ろした。

「そういう貴方こそ、ここで一緒になって何をやっているのです?」

 アイリアの声は冷たい。

「何の為にここにいるか、忘れたわけではありませんね。」

 アイリアはそれだけいうと、弟の手を掴み引きずるようにして連れて行った。

 その時振り返った弟の顔だけが心に残った。

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