022:かく(欠く)
彼女に勧めたように将人もシャワーを浴びる。身体についた雨を流すだけして、手早くズボンだけはいて、リビングへと出る。
そこに座る彼女、七恵はまるで、そのまま息絶えてしまったかのように、微動だにせず、リビングに置かれた食卓の椅子に、浅く、俯き加減で座っていた。
かける言葉が見つからず、将人も出てきた扉の前で立ちつくしてしまった。
どの位経ったか、七恵は、時が再び動き出したかのように顔を上げる。
生きてる。
将人は心底ほっとした。
将人はバスタオル一枚の七恵から目を逸らし、エアコンのスイッチを入れ、ゆるく暖房をかける。キッチンに移動して、紅茶ラテの粉末とインスタントコーヒーを二つのマグカップに落とし、保温ポットから湯を注いだ。
紅茶の方を七恵の前に置いて、インスタントのコーヒーはブラックのまま口につけた。安物のインスタントコーヒーは苦いだけの代物だったが、それぐらいの方が今の将人にはちょうどよかった。
将人は半分ほどコーヒーを飲むと、それを食卓に置いて、七恵のテーブルを挟んだ向かいに座った。
「……雨の中、すまなかったな。」
何を言ったらいいのか。
言葉が上手く出て来ない。将人は、落ち着かなさげにしながら、そう言った。
七恵は黙って首を振る。
言葉が途切れる。
将人は何か言おうとしたが、結局言葉にならず、口を噤む。
何が言いたい? 謝罪だろうか?
相変わらず何も言わず黙っている七恵の横顔を見ながら考える。
謝罪、して……今まで通りに戻るのだろうか?
もう、二人の間の関係性は欠けてしまった……?
もう、ただの幼馴染には……。
手にひんやりとした感触を感じた。机の上で組んでいた将人の手に、七恵の細い指が触れる。
「なな……。」
七恵の手が将人の手をぎゅっと握る。
七恵は将人の手を握ったまま、音もなく立ち上がり、将人のすぐ隣に立つ。
そっと将人の手を離すと、その細い腕を今度は将人の首にまわした。
そして、七恵は将人の耳元に口を寄せ、囁いた。
「将人、くん……。」
それは、“叶恵”が呼ぶ、将人の呼び名だった。