016:白
「……………はぁ。」
エセルは一人溜息を吐くと、開いていた分厚い本を閉じた。
法律、歴史、外交政策、特にこの五年で変わったことを中心に、出来うる限りを調べた。
この五年で、やはり心配だったのは国の事で、正直なところ、アルトセア候が実権を握れば、国は荒れるだろうとエセルは思っていた。
だが、意外なほど国は安定して、いや、むしろ益々栄えていると言っても過言ではなかった。
あの欲の塊のようなタヌキがこんな善政を敷けるとは、思えないんだが。
幽閉されていた五年で変わった諸々には、情勢は勿論、国内法なども含まれている。だが、どれをとっても、その采配は成功、少なくとも失敗ではないものばかりで、中でも驚いたのは、大臣級の高官たちが半分以上変わっていたことだろうか。それも、挿げ替えられたのは、賄賂の疑惑があったり、上流貴族という名前だけで官位を頂いていた者だったりで、無闇に入れ替えた、というわけでもなさそうだったのだ。
それほど大きな問題は、国内外共に、なし。おおよそ順調に事が運んでいた。そう結論付け、ようやく心配事も解消し、人心地ついた。
とはいえ、それも既に一週間が過ぎた。
生活環境は整えられているが手狭な部屋、扉は鍵こそかかっていないものの、外には護衛という名の監視が付き、朝夕には部屋に運ばれてきた些か豪勢になった食事を食べ、後は本を読むか、寝るか。
「監禁が軟禁に変わっただけじゃないのか、これ……。」
というのも、手本となれ、と言った皇太后はおろか、幼い弟も訪れる事も、また、呼び立てられる事もなく、だからといって、城内を好きに歩いていい、というわけでもないらしい。外の護衛によると、だが。
エセルは持っていた本を机に置き、立ち上がり窓辺に寄った。
まあ、外の景色がこうして自分の目で見ることが出来るだけでも、上々、か……。
城の裏手、その二階部分に位置する部屋からは、真っ白に雪で染められた庭が見える。夜にはずいぶん吹雪いていたが、それももう止んで、下方には誰かが歩いたらしい足跡もくっきりと残っていた。その足跡を追うと、その先に雪の中しゃがみ込む、小さな人影を見つけた。
「あれは……。」
窓の下を見下ろす。
……あれならいけるか。
エセルは、部屋の窓を開け放った。