014:紅

 胸に下がる大きな硝子玉を夕日にかざす。紅いその光が反射して、透明なはずのそれはまるで血に染められたかのような色になっていた。

「……こんな、ところまで来ちゃったんだ、私。」

 抓んでいた硝子玉をぎゅっと握りしめて、遠く過ぎ去ってしまった日々のことを想う。

 眩しい日の光に目を眇めながら、彼女は眼下の街を見下ろした。

 小さな屋根が連なるその場所へは、手を伸ばしても届く事がなく、日毎、その距離はのびていくようにさえ感じた。

 手の中の硝子玉、宝石を模したその首飾りは遠き日の、今は届かなくなってしまったものの象徴のようだった。

 それをくれたあの人は、今、どうしているのだろう。

 彼女は零れそうになる溜息を押し殺し、窓辺から離れ、カーテンを引いて紅の空から視線を外した。

 過去とはあまりにも違う自分。

「………っ」

 彼女はカーテンに顔を押し付け、叫びそうになる言葉を、涙を、押さえつける。

 その名を呼べば来てくれる気がした。

 でも、そんなことを出来るはずがなかった。

「―――ネリア様。」

 突然、戸外からかかった声にビクリと肩を揺らす。そろりと顔を上げ、声の方向へと視線を向けた。

 私には泣いている暇すら、ない。

 彼女、ネリアは、滲む涙を乱暴に拭うと、握っていた首飾りを外して、引出しの中にしまい込んだ。

「今、行きます。」

 感情を失くしたような冷たい声。そんなものが自分の喉から発せられている事など、今でも信じたくない。夢であったなら、何度そう思った事だろうか。

 ネリアは今までと打って変って厳しい顔で扉を開けた。

 だが、内心は今でも泣き叫びそうだった。

 きっと近くにいる。なのに、こんなにも遠い距離なるなんて、あの時は思いもしなかった。

 アーネスト、あなたにあいたい……

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