008:存在

 雑貨屋の娘。

 それが俺にとってのネリアだった。ネリアは母と二人で店を切り盛りする、明るく気立てのよい娘だった。

 騎士の家の出で、祖父も父も戦役で武勲を挙げ、多いわけではなかったが、地方に土地をもらい、現当主であり退役して久しい祖父は、その地で祖母と共に暮らしている。

 一方で俺は、王都にある方の家で、父、母と共に暮らし、いずれは王城に、祖父や父と同じように剣で名を挙げられたら、と思っていた。

 ネリアのいる雑貨屋は、俺の家がある地区からは少し離れたところにあり、その店に入ったのは、何だったか。今では思い出せないほど些細な事、ほんの偶然だった。そうして彼女とであった俺は、彼女に心奪われ、気が付けば、彼女に思いを寄せる多くの男の一人となっていた。

 だが彼女は、そういった色恋には疎く、ほとんどを気が付かぬうちに流し、多くの男が撃沈していった。そのなか、俺が彼女の中で、そんな男たちの一人から抜け出せたのは、奇跡だろう。




 ある日の事だ。

 誰から聞いたのか、彼女がこんなことを言った。

「ねぇ、アーネスト。貴方がウェルミンス将軍の御令孫って本当なの?」

 ウェルミンス将軍は、祖父の事だ。先の大戦で活躍した祖父を退役した今でも、人々はそう呼ぶ。この名は、祖父を誇らしく思うと同時に、また、その孫である、という目で見られるという、複雑な気持ちをもたらすものだった。

「あぁ、まぁね。」

「そうなのね。じゃあ、貴方も騎士に?」

「え? あ、うん。祖父や父のような人を目指して……。いや、いつかは追い越せたら、って。」

 普通なら、祖父が名高い将軍なのだから、その孫たる俺も、騎士を目指すに違いないと決めつけるものばかりだった。だから、ネリアの言葉に驚いた。

「すごいわね、アーネスト! 頑張ってね。」

 その言葉も、ネリアは純粋に俺を応援する気持ちのみを載せていた。まだ兵として城に上がったばかりのその頃の俺にとって、祖父や父の名は大きく、大きすぎて、振り回される物だった。

 その言葉が、思えば、俺にとっても彼女をただの気立てのよい、見目に心奪われる娘、以上に見せるものとなったのかもしれない。

 その日以来、彼女の存在は俺の中で今まで以上に大きくなっていき、それは彼女も同様だったように思う。

 俺は、少しずつ位階をあげていく中で、忙しくなっていっても、少なくとも月に一度は日を見つけては、ネリアに会いに行っていた。

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