013:揚羽(蝶)
「物ね……。」
レミア姫と打ち解けるため、イーデルから助言を受け早幾日。病気がちの父の体調もこのところ安定しているため、何か行動を起こすなら今だ、とは思っていたのだが、行動に移せぬまま、時だけが過ぎていっていた。
父がまた病床につけば、仕事も山と増えるため、時間が取れるうちに取っ掛かりくらいは掴んでおきたかった。
僕は持っていたペンを置くと、固まった身体を伸ばし、後ろでにある窓からの陽光に目を細めた。
そのとき、ふと脳裏にいつかの光景が浮かんだ。
「………そうだ。」
あの花畑、その場を舞い飛ぶ鮮やかな蝶の群れを。
「レミア姫はおられるか?」
レミア姫の部屋を訪ったのは、実にはじめての事だった。出迎えの侍女の反応は、やはりというかどこか素っ気ないものだった。
「何用でございましょうか?」
「いや、この一月殆ど顔を出せませんでしたから。……少し出かけませんか、と、お伝え頂けるか?」
少し厳しい顔つきの侍女にめげずに、精一杯笑顔を浮かべ、そう告げる。
侍女は少し意外そうな顔をした後で、少し迷うように視線を彷徨わせた。
もしかすると、贈り物なら断れと命ぜられているのかもしれない。
結局その侍女は、姫の元へ戻らずに、質問を重ねた。
「どちらまでお出ましになられるおつもりで?」
「この季節、花が美しいでしょう。お見せして差し上げたいと。」
それを聞いた侍女はさらに顔を険しくし、考え込んだ。
何をそんなに悩むことがあるのだろう? 姫に指示を仰げばいいだけだろうに。
だが、やはり侍女は姫の元に戻ることなく、意を決したように僕に向き直った。
「分かりました、参りますので少々お待ちください。」
「え。」
「用意でき次第参ります。」
勝手に決めてないか……?
「ああ……。」
有無を言わせぬ侍女の言いように押し切られる形で、一先ずは姫とのお出かけが決定した。