006:贈り物

 隣国の姫、彼女の名はレミア・アーノティウムと言った。

 その彼女との成婚から早一月が経とうとしているが、婚儀をしたその日以来、公の場を除けば、口をきくどころか、顔すら合わせていないような有様だった。

 仕事が忙しい、からだ。

 そう、自分の心に言い訳していると、部屋の戸がガチャリと音をたてて開く。

「殿下ー、次の決裁書ですよ、っと。」

 そう言いながら、大量の紙を持ち部屋へと入って来た男は、僕の側近、と言うと堅苦しいが、言うなれば幼馴染、というやつだろうか。

 彼はイーデル・ラティアール。僕の父と懇意であるラティアール伯爵の次男だ。父達の縁で年の近かったイーデルと僕が出会ったのは、もう何年も前の話だ。

「ここ置いときますよ、殿下。」

 そう言ってイーデルは、僕から少し離れたところにある机に、その上の物を払い落として、紙束を置いた。落とすな、と文句を言いたい所なのだが、床にはそれ以前から紙類が散乱し、僕の周りなど足の踏み場もない位なので、何も言えなかった。その上、落としても問題のない物ばかりと知っていて、やっているのが憎らしい。

「それ、誰が片付けると……。」

 そうやって恨み言を言うのが精々だった。今は必要ないとはいえ、重要書類も紛れているため、片付ける時には、自分でやるしかないからだ。

「まあ、まあ。その時は手伝うって。」

「当たり前だ。」

 そう言っている間も、僕は手を止めることなく、書類へのサインをはじめ、書き物を続けている。イーデルも、ささっと僕のとは別の机に居場所をつくると、書類の選別を始めている。

「そういえば、レミア姫。どうなさってるんです?」

「………。」

 部屋がしんと静まり返る。イーデルの書類を動かす音のみが聞こえていたが、程無くして、それも止まった。

「……ティル、手が止まってる。………それで、レミア姫は?」

 ティル、僕の名前、アルティラートの愛称だ。イーデルは普段は僕を殿下と呼び、敬語で接しているが、幼い頃の癖はなかなか消えないもので、二人きりの時は、こうして名前で呼んでくる時もよくあった。

「ティル。」

 あー、やっぱり、見逃してはもらえないか!

 イーデルの有無を言わせぬ声音に、内心天を仰ぎつつ、僕はつめていた息を吐いて、イーデルの方を向いた。

「その……、この一月ほぼ会ってません。」

 イーデルは僕の予想通り、胡乱な目つきになって、僕を見返す。

「あまり仲良くしている、という噂は聞かなかったけど……。」

 イーデルは大きな溜息を吐いた。

 僕だって溜息を吐きたい気分だ、と思いながらその溜息を聞いていた。

「仲良くない、というより、扱い方が分からないんだよ。」

「扱いねぇ……。」

 僕の中で、此度妻となった彼女の印象は、といえば、ただただ怯えて震えている、という言葉に尽きる。彼女の国と僕の国は言葉は共通の為、こちらの言葉は分かるはずなのだが、彼女が言葉を発するところを、未だに見た事がない。外に彼女を伴って行かなければならない時も、彼女は喋ろうとしない為、殆ど僕が代わりに客の対応をしている。

 そして宴が終われば、気の付いた頃には彼女はもう姿を消しているのだ。

 そんな状態で仲良くなりようがない。

 そう、イーデルに抗議してみると、イーデルもさすがにそこまでとは思っていなかったらしく、言葉に困っている様だった。

「とはいえ、このまま、というわけにもいかないだろう? どうしたらいいと思う?」

 実際、このままでは、いつ周りの望む世継ぎが生まれることやら、という状況だ。

 この国では妻を複数人持つことは許されていないし、妾、というのも気が進まない。

 彼女をどうにかするしかないのだ。

 イーデルへの問いかけは、とくに答えを期待したものではなかったが。

 だが、イーデルは意外にも、そうですね、と口火を切った。

「月並みですが、物で釣るのはいかがですか?」

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