010:澱む

 カーテン越しの柔らかな朝日に導かれるように、七恵は目を覚ました。

 体中が痛かった。胸元には無数に赤い跡が残っている。

 隣を見ると、もう既に将人の姿はなく、ベッドから身を起こすと、リビングの机に鍵と書置きがあった。

 その書置きによって、ここが今の将人の住処であるらしいことを知った。

 マンションのようだが、ベッドルームとリビングが分かれており、あと、数部屋あるらしい扉もある。場所もそれなりの所だ。

「結構、儲けてるのね……。」

 少なくとも、七恵の収入ではやっていけないだろう。

 七恵は書置きに書かれている事に甘え、シャワーを借り、外に出て行けるだけの身繕いをした。後は、夜まで帰らないらしい、将人が帰ってくる前に、この場から辞するだけだ。鍵はかけた後に、ポストに入れておけと書いてある。

 七恵は帰る準備を万端整えた後、ぼんやりと書置きのあった食卓の椅子に座っていた。

 昨日の事はあまり覚えていなかった。ただ、情欲に翻弄され、いつ意識が無くなったのかさえ、定かではない。

 私は叶恵の代わりに抱かれた。

 あの時はそれで良いと思ったのに、今になって、後悔ともいえぬ、もやもやとした気持ちが湧き上っている。

 後悔? それは、違う……。

 ただ、そう…、叶恵の代わり。

 それが、嫌なのだ。

 将人はどうだろう。後悔した? だから、出て行ったのかな?

 七恵は顔を覆って、息を吐いた。心を巣食う、この澱んだ気持ちを消してしまいたかった。

 そして、七恵はその部屋を出た。




 その夜。自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだまま、眠っていた七恵は、突如鳴りだした携帯電話の着信音で目を覚ました。

 寝ぼけ眼で七恵はピリリと鳴っている携帯電話を探しだし、それに応えた。

「……七恵?」

 携帯電話越しのその声に、七恵はほろと涙を零した。

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