009:道
「エセル殿下、まずは、この五年にあったことをお話ししましょうか。」
前をゆく恰幅の良い男、アルトセア侯爵は、道すがらこの五年にあったことをエセルに語って聞かせた。
エセルが憶えているのは、まだ彼が幽閉される前の事だ。
六年前の事、父王が突如として第二夫人を迎えた。当時二一だったエセルは父と母の間がとうに冷めきり、互いに愛人がいたのを知っていたため、第二夫人について、とくに何も思わなかったのを覚えている。ただ、えらく急な事であるな、と思っただけだった。
新しく来た第二夫人は年若く、むしろエセルとの方が似合いだろうと、思われるほどには年若く、当時二十を迎えていたかどうかだった。胎にはすでに子があり、輿入れが完了した頃には、すでに臨月だった。
難産だったらしい。母子ともに一命は取り留めたものの暫くは臥せっていたように、エセルは記憶していた。
そうして突如できた弟は、一度、二度会ったかどうか、であったが。
そういえば、その子やあの第二夫人はどうしているのだろう。
「弟と第二夫人はどうしておられる。」
アルトセア候の長たらしい説明はほとんど聞いていなかったエセルだが、まだ喋っていたらしい。エセルの問いに驚いて言葉を切った候は、気味の悪い笑みを浮かべ、それに答えた。
「我が娘と孫の事ですか? 息災ですよ、殿下。」
エセルはその答えに思わず、苦虫を噛み潰したような顔をした。
二人の事に、ではない。その二人とこの男の関係について、改めて思い出したからだ。
「ただし、今は王太后陛下と今上陛下ですよ。」
エセルは変わらず気味の悪い笑みを浮かべるアルトセア侯爵に一瞥をくれるだけで、何も言わなかった。
五年前。突如王と王妃が毒殺された。
エセルも危ない所だったが、摂取量が少なかったからか、なんとか命だけは落とさずに済んだ。だが、何の因果か、当時一歳であった弟はともかくとして、同じ席にいた第二夫人は、毒にあたらず、突然の事態におろおろとしていた。消えゆく意識の中で、彼女の人を呼ぶ声だけは印象的に残っている。
その後、気が付くとエセルは毒殺の首謀者にされ、回復と同時に幽閉された。
その中で残った王族は、六歳になっているだろう、エセルの弟のみである。彼が王位につくのには何の疑問も無い。
だが。
それならば、今更になって私を解放した理由は何だ。
この男は今、王の外祖父の立場のはずだ。実権は彼が握っていると考えて、いいはずだ。その中で、エセルの存在は邪魔になりこそすれ、解放する理由などありはしない。
城まではもう幾ばくも無い。元々、エセルは城内の塔に幽閉されていたため、城までは目と鼻の先なのだ。
前を行く兵や、アルトセア候の踏み固める雪の中を歩きながら、エセルは思う。
こうして歩く先に、何があるのだろうか、と。