003:空虚
「
暗い路地裏。表通りの喧騒から離れ、辺りはシンと静まり返っている。
ビルの壁面に押さえつけるように私を抱く男は、私のものとは違う名を呟いて、首筋にキスを落とした。
彼女、
今日は七恵の双子の姉、叶恵の結婚式だった。仕事先の同僚らしい、新しく義兄となった男は、優しげで人が良い、そして、叶恵を誰よりも愛しげに見つめていた。
優しそうな人で良かった、と七恵は叶恵が幸せになれるであろう事を確信し、心から彼女らを祝福したのだった。
その後、新郎新婦の親しい者だけで行われた、結婚式の二次会で七恵は思わぬ人物と再会した。
その人物の名は、
家が隣で七恵はもちろん叶恵とも仲が良い、いわゆる幼馴染だ。
高校生の時、ほんの短い間だけ、叶恵と将人は付き合っていたらしいが、二人が別れた後にそれを知った七恵は、詳しいことはよく知らなかった。
別れた後、少しギクシャクしていた二人だったのだが、知らない間に仲直りしていたのだろうか。
自然、隣に座ってきた将人に、七恵は久しぶり、と声をかけた。大学卒業後、家を出た七恵は、彼と実に三年ぶりの事だ。
昔と変わらぬ笑顔で久しぶり、と笑った彼は、よいせと腰を下ろすと、少し驚いた顔で言った。
「眼鏡、止めたのか?」
「え? ああ、今日だけコンタクトなの。」
「一時コンタクトにしてみたんだけど、落ち着かなくて。」
七恵はそう返して肩を竦める。他人にはほとんど見分けのつかぬ叶恵と、見分けてもらうためだったが、今ではないと物足りなくなっていた。
「……そうか。」
どこか心ここにあらずの将人の視線を辿ると、新郎と仲睦まじげにしている叶恵がいた。
なんだ。まだ好きなんだ……。
七恵はそんな目で見るぐらいなら、何故来たのだろうと思いつつ、将人に酒を勧めたのだった。
それから、どうしてこうなったんだっけ……。
広いベッドに押さえつけられ、七恵は将人の肩口に、しみ一つない天井を見上げる。
私も酔ってるのね―――
酒気の混じる口付けを受け、七恵は虚しい心を見ぬように目を閉じた。