002:約束

 幼いあの日に、君と交わした約束―――

 小さかった君の手を引いて、森を笑い合いながら駆け抜ける。その先で見つけた花畑は、僕らだけの秘密の場所で、いつもそこで遊んだものだった。

 ある日君は、遠くに行くと悲しげな顔で言った。だから、小指を絡めて約束したんだ。大人になったら、この花畑で再会しよう、って。

 今思えば、そんな小さな頃の約束は、たわいもないもので、名前も知らない君とのそんな約束が、果たされるわけもない。

 でも、あの頃の僕らは大真面目で、きつく抱き合って、はじめての口付けを交わした。

 もちろん子供っぽいそれは、大人の真似事のようなもので、そこにかわいらしい恋情があったのかさえ、分からないものだったけれど。


 それから月日は過ぎて、僕は成人を迎えた。

 ほんの気まぐれのつもりで、そっと城を抜け出して、あの花畑に行った。

 もちろんそこに、あの少女の姿があるはずもなくて、そこには僕独りだった。そんな花畑に立ち、僕の心に浮かんだなんとも言えぬ思いは、自分でも気がつかないほど、あの顔も朧げになってしまった少女に会えるのでは、と期待していた事に気が付かされた。


 僕は王子と呼ばれる身分にあった。しかも今上、つまり僕の父には男子が一人、僕しかおらず、次の王位は間違いなく僕のものになると思われた。

 だから、僕も早く世継ぎを作らねばならない。

 皆思う事は同じで、成人の儀の余韻が冷めやらぬ前には、僕の妻となるだろう女性が選定され、あっという間に顔合わせの日となった。

 隣国の末の王女だというその姫は、僕より三つほど年少で、その髪色は甘い蜂蜜のような髪色をしていた。肌の色も深窓の姫らしく、どこか不健康なほどに白く、緊張からかその顔色は、さらに青ざめたものになっていた。

 姫の蜂蜜色の髪は、どこかあの、花畑の少女を彷彿とさせるものがある。彼女は見せられた数枚の肖像画から、なんの気なく選んだ姫だったが、無意識であの少女を追い求めていたのだろうかと、僕は少し自己嫌悪に陥るのを感じた。

 それでも僕は、それを顔に出さぬように努め、精一杯待ち望んでいた姫だ、とでも言うような雰囲気で彼女に話しかけた。

 そして礼儀として彼女の手を取り、その指先に口付けを落とそうとした。しかしその手は、可哀想なほどプルプルと震えており、異国の地に独りで来なければならなかった彼女の不憫さを思った。

 気の弱そうな女性だとは思っていたが……。

 僕は溜息を吐きたいのを堪え、少しでも彼女の不安が和らぐようにと、彼女に微笑んだ。

 暫くは彼女に心を砕かねばならないかもしれない。世継ぎを生んでくれさえすれば、あとは好きにすればいいと思っていた僕だったが、さすがにこの状態の彼女を放っておくというのは、出来そうもなかった。

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