父の弟子

前話「師の娘

「ノイエン……」


 シャティアは寝台の上、じっと眠る青年を見つめていた。

 短く切り揃えられた青みを帯びる銀髪が彼の整った顔の周りに、少し乱れて散らばっている。

 ただ安らかに眠っているだけのように見える彼の頬を撫で、その肌が変わらず暖かいのを確認しては安堵する。

 そんな日々を何日続けただろう。

 ここ暫くの彼は、シャティアの父――ノイエンにとっての魔術の師と共に、何かの実験をしている。

 何の実験かなど知らない。

 聞いたところで父はもちろん、今回ばかりはノイエンすら口を開いてはくれなかった。

 ただ、危険な実験であることは明白だ。

 その実験の後、もう何日も彼が目を覚まさないのだから。


「ノイエン」


 もう一度、名を呼ぶ。

 早く目覚めて、と願いながら。彼に届けと手を握る。

 けれどその願いはいつも届かずに、日が傾いて空は黒くなった。

 そんな日々が続いている。


 しかし――、その日は違った。


「…………シャティア」


 その声にはっとして、顔をあげた。

 寝台の上、浅い海のような青の目が、気だるげに開かれている。


「ノイエン……、目が覚めた?」

「……何日、経った?」

「さぁ、もう覚えてないわ」

「そうか……」


 ノイエンは苦笑し、それ以上は聞かなかった。


「少し痩せたな」

「わたしのことはいいの。それより、痛いところはない?」


 シャティアが尋ねると、彼は暫し沈黙してから、ほとんど聞き取れない声で言った。


「……抱きしめてほしい。そうしてくれたなら、きっと平気だから」


 シャティアは少し驚きつつも、黙ったまま彼を抱きしめる。


 いつもなら、そう聞いても「大丈夫」と答えるのに。


 胸に頭をすり寄せるノイエンは、今にも消えてしまいそうだと、そう思えた。

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