046:ロマネスク(伝奇的、空想的)
冷たかった肌は、燃えるように熱くなった。
リィナはその熱に浮かされるまま、男にしがみつく。
リィナの身体中をその指が触れて、彼女を翻弄していく。
「リィナ」
耳元で囁かれる、その程好く低い声に、背筋が痺れる。
彼は、心の奥の激情をぶつける様にリィナをかき抱いた。ぴったりと身体を寄り添わせ、それでももっと寄り添おうとするかのように、口付けを深めた。
もう、溶け合って、一つになってしまうのかとリィナは思った。
だが、彼は何かの線引きをするかのように、リィナの一番やわらかく、秘めやかな部分には、終ぞ触れることはなかった。
一晩の情事は誰にも知られぬまま、二人はただ日常へと戻っていく。だが、時折、何かに耐え切れなくなったような顔をしたハミルが、リィナの元へと訪れ、その身体に触れた。
言葉少なに触れ合って、口付けを交わすだけ。夜も明けきらぬうちに、ハミルは帰ってゆく。
あの日、助けてほしいと言ったはずの彼は、それ以上を望むわけでもなく、リィナはただ、彼に身を委ねるほかなかった。
そんな日々を過ごし、このままで良いのかとリィナは悩んだが、無情にも季節は過ぎ、気が付けば寒さが強まりはじめていた。第二王子夫妻は、変わらず表面上は非常に仲睦まじい夫婦だったが、リィナは、その傍でゆっくりと疲弊していくハミルに気が付いていた。
リィナの部屋に訪れる彼は日を追うごとに、まるで窒息していっている、そんな風に見えた。
「リィナ」
部屋に迎え入れた彼女を、ハミルは彼女に縋りつくように抱きしめる。
「ハミル様……、お顔の色が悪いです。どうか、お休みになって下さい。」
彼の頬を両の手で挟み、目を合わせて諭すように言うと、ハミルはゆるゆると頷く。そして、リィナを抱きしめたまま、数刻だけ眠るのだ。
リィナは彼の髪を梳くように撫でて、穏やかな寝息にほっとした。
「私は、あなたに…、何かできているのでしょうか。」
その身体を抱きしめると、冷えた心が熱を取り戻すのだと、彼は言った。
もう、貴女の隣でなければ、安心して眠ることも出来ないのだと、彼は言った。
だが、それでも彼は―――
リィナは衰弱していくハミルを、ただ見ている事しかできなかった。