045:奇怪
微睡から覚めるように、エセルは目を開いた。
「………まだ、夜か。」
つい先ほどまで、昔の夢を見ていた気がする。エセルは自身の頬にそっと触れた。まだ、あの日に感じた感触が残っている気がした。
だが、当然ながら、そこには何もなかった。
エセルはその感覚を振り払うように、ぎゅっと目を瞑って、ふるりと頭を振った。そして、細く息を吐く。
すっかり目が覚めてしまった。仕方なく、エセルは上着を羽織って、部屋の扉を開け外へと出た。エセルは城内を抜け、中庭をぷらぷらとあてもなく歩く。ついこの間まで積もっていた雪は、普段から影になっている部分を除き、殆ど残っていない。もう幾ばくもしないうちに、春になるのだろう。
「不思議だ……。」
六度目の春もきっとあの牢屋の中、そう、ほんの数か月前まで思っていたはずなのに。今は、こうして一人散歩をできる。幼い弟の頭を撫でることもできる。そして、細く小さい明り取り越しでない、広い空を見上げることができた。
「何が、不思議、なのですか……?」
突如聞こえた女の声に、エセルはびくりとして振り返った。そこには思いがけない人物がいる。
「なぜ、ここに?」
振り返った先にいたのは、アイリアだった。城の外廊下の柱に寄り添うように立っているその女は、真っ白な月明かりに透けるような夜着を纏い、ともすれば亡霊のようにも見えてしまいそうだった。
アイリアは理由を言いたくないらしく、俯きがちに小さく首を振った。だが、理由は今はどうでもよい。エセルは足早に彼女に近付くと、自身が着ていた上着を脱ぎ、その肩にかけた。
「着ていてください、風邪をひきますよ。」
「はい………」
普段の彼女からは考えられぬほど、従順に頷いたアイリアを訝しく思いながらも、エセルはアイリアの背に手を添えて、戻りましょうと促す。
だがアイリアは動こうとはせず、エセルの服を掴み引き留める。
「……どうされました。」
エセルが振り向くと、アイリアがその胸をぎゅっと掴んで、しがみ付くように身を寄せた。
本当にどうしたのだろう。普段の彼女は気丈で、こうして誰かに縋るような弱さを決して見せないような女だと思っていた。
こうしているアイリアは、五年前の、いつも悲しさを感じる顔をしていた彼女を思い起こさせた。
庇護欲を誘う。
エセルは彼女の艶やかな黒髪を撫でて、そっと抱き寄せた。その手に誘われるように、ぴったりとくっついた彼女の柔らかい身体を感じる。
俯いたままの彼女の表情は見えない。
だが、何故か彼女は泣いているような気がして、エセルはそれを宥めるように、彼女の額に触れるか触れないかの口付けを落とした。