裏切りを抱えて(4)

前話「裏切りを抱えて(3)

 二つの国が持つ国力は、ほぼ五分。そのはずだった。

 しかし、セイラスはあっという間に敵国となった()の国を攻め落とし、犠牲を最小限にしてみせた。

 彼を危険視した王妃たちは、ある意味で正しかったというわけだ。

 そうしてほぼ無傷で、かつての主たちは捕らえられた。

 セイラスと共に現れたラディアに、彼らが目を剥いたのは言うまでもない。


「ラディア!? お前、これはどういうことなの!」


 王妃は間髪入れずに叫んだ。


「国王暗殺に失敗したのは仕方がないと思っていたわ! でも、なのにどうしてまだ生きてるのよ!!」


 ラディアは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 セイラスが生きている時点で、ラディアは命を遂行できなかったことは、彼女らも分かっていたのだろう。そして、通常ならば国王を害したと処刑されていてもおかしくないことは、ラディアにも分かる。

 だが、今の言い方は何だ。

 まるで、ラディアが生きているはずもないと、死んで当然とでも言いたげな――。

 ラディアの後ろにいたセイラスも、同じ事を思ったのだろう。彼は眉根を寄せて口を開く。


「王妃、自分の騎士が生きていて嬉しくはないのか?」


 王妃は嘲るように鼻を鳴らした。


「嬉しい? 何を馬鹿な事を仰ってるのかしら」

「馬鹿な事、だと?」

「当たり前ではないの! (わたくし)が命じたのは王族の暗殺。生きて帰れるわけがないわ」


 ラディアは目の前が真っ暗になった気がした。

 ふらりとたたらを踏む。セイラスが支えてくれなければ、そのまま座り込んでしまっていたかもしれない。


「それじゃあ、私は、最初から、捨て駒のつもりで……?」

「あら、今頃気が付いたの。馬鹿な子だこと」


 王妃はこれまでラディアが見たこともないような醜い顔で嘲笑する。


「お前のそういうところ。前から大嫌いだったの」

「――っ!!」


 気が付くと腰に佩いていた剣を抜き、振りかぶっていた。


「待て」


 しかし、その刃が振り下ろされる前に、セイラスに手首を掴まれる。


「離して!! わた、私は! こんな奴のせいで、あなたを――」

「そうだ。『こんな奴』、お前が手にかける価値も無い」


 耳元で囁かれるあたたかな声に、正常な思考が戻ってくる。

 手から力が抜けて、振りかざされていた長剣が床にカランと音を立てて落ちた。

 そして、涙が堰を切ったように零れだした。


「もう行こう」


 セイラスは手首を離すと、今度はラディアの腰に手をまわした。そして、王妃に背を向けさせる。

 セイラスに促されるように歩きながら、肩口にほんの少しだけ振り返る。

 王妃は――かつて心の底から敬愛していたはずの彼女は、憎しみの籠った目でこちらを睨んでいた。


「……さよなら」


 ラディアはぽつりと呟いて、今度こそ彼女に背を向ける。

 ラディアの愛した主は、もうこの世のどこにもいない。

 それを理解した瞬間だった。

次話「裏切りを抱えて(5・完)

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