裏切りを抱えて(3)

前話「裏切りを抱えて(2)

 ラディアはかつての主君であった王妃の手紙により、王殺害の決行日を決めていた。

 故国は、国王が殺され混乱する最中に、この国を攻め落とす算段だった。

 もう全てを話すしかなかった。

 故国への、主と決めていた彼女への裏切りは、ラディアを酷く苦しませたが、セイラスに死んでほしくないならば洗いざらい喋るしかない。

 その上、故国は今ごろ開戦準備をしているはずだ。そして、間もなく攻め込んでくるだろう。

 ラディアが黙っていたからといって、穏便に済む段階を既に通り過ぎていた。


「……陛下」


 敵を迎え撃つべく準備を進めるセイラスに、ラディアはおそるおそる声をかけた。

 彼は強い。国随一の女騎士に寝首をかくよう指示されるほどに。

 だから負けはしないだろう。それでも――

 しかし彼は、ラディアの不安を別のものと受け取ったらしい」


「……()の王妃は可能な限り生け捕りにするつもりだ。お前の知らぬ所で殺させはしない」


 ラディアは、そんな気遣いまでみせてくる彼に堪らなくなる。

 嬉しいのか、悲しいのか。自分でさえもよく分からない。

 ラディアは俯きながら、まるで幼子のようにセイラスの服の裾を掴んだ。


「違うのです、陛下……」

「では何が不安だ?」

「私は、故国を――主と定めた方を、裏切りました。その代償が、貴方の不運となって降りかかるのではないか……、それが怖ろしいのです……」


 もう自分は「騎士」ではない。

 故国にとっては、ただの裏切り者だ。

 その(そし)りは如何ようでも受ける覚悟はあった。自分自身に降りかかるのならば。

 しかし、もし、もしも――。裏切りの代償を彼の死で(あがな)うことになってしまったら。

 怖ろしくて、口に出すことも出来なかった。


「……叶うならば、貴方のお傍にいたいのです、陛下」


 もし傍で守ることが許されるならば、この命をなげうっても構わない。


「――既知の者と、剣を交えることになっても、か?」


 セイラスの言葉にハッと顔を上げる。

 彼は痛ましげな顔をしていた。


「連れて行って、いただけるのですか」

「……出来れば安全な所にいてほしいが」


 ラディアは首を横に振った。


「私のした行為の責任は、自身で果たします」


 本当の事を言えば、旧知の者と相対することに迷いがないわけではなかった。

 だがもう、自分は変わってしまったのだ。

 騎士ではなく、この国の「王妃」に。

 ラディアは初めてそのことを自覚した。


「どうか私に剣を、陛下」


 ラディアは跪いてそう()うた。


「過ちの責任、そして貴方の王妃である事の責務を果たさせてください」


 セイラスは大きな溜息をついたあと、仕方がないと言ってそれを受け入れた。

次話「裏切りを抱えて(4)

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