裏切りを抱えて(1)
「ラディア、
凛とした美しい、ラディアが最も敬愛するこの国の王妃はそう言った。
その傍らには国の太陽たる国王も厳しい眼差しで玉座に腰を下ろし、こちらの返答を待っている。
本来ならすぐにでも、是と答えるべきだった。
しかし、どうしても言葉が出てこない。
『隣国の王へと嫁いでもらいたい』
言われたのはそんな簡単なことだった。
私がただの女なら――。
ラディアは生まれてはじめて、そう思った。
跪き、
騎士である証のそれを見て、悔しさに思わず歯噛みする。
ラディアは王妃の騎士だった。
死するその時まで、彼女の傍でその御身をお護りするのだと、つい数刻前まで信じて疑ったことなどなかったのだ。
「……私は、『騎士としての私』は、もう必要ない――、そういうことでしょうか」
口ごたえをするつもりではなかった。
しかし気が付くと、許可も得ずに顔を上げ、そんなことを言っていた。
今にも泣きそうな声だった。そんな己が酷く情けない。
しかし、心優しき王妃はハッとしたような顔をして、座っていた玉座から立ち上がる。
「そうではないのよ、ラディア……!」
そうして何を思ったか、周りが止める間もなくこちらへ小走りに走り寄って、彼女はラディアを抱きしめる。
「
王妃はラディアの耳元で別れを惜しむ言葉を次々に零してくれた。
こんなにも彼女に望まれているのに。
それでも国婚は覆らないのだ。それをようやく悟る。
ラディアは、一瞬だけ王妃を抱きしめ返すと、そっとその身を離した。
「――御下命、しかと承りました」
ラディアはそれでも消えない寂しさを、どうにか押し殺して笑った。
次話「裏切りを抱えて(2)」