第一話シルヴィーの精霊使い

第一章精霊使いと妖精と

 この世界は無数の精霊たちによって構成されている。

 そしてそんな世界の均衡を支える『柱』とそれを守る聖具は、精霊使いにしか扱うことは出来ない。


「ふぅ、これでおしまい。」

 聖具の見回りを終えた、新米精霊使いのルチア・エルストルは、くっと伸びをしながら、目の前にある聖具を見た。

 世界の均衡を支えているという『柱』。人の歴史が始まるよりもずっと昔、創世の時代に神によって創られたとされるそれは、この世界の各地に点在している。人々はその『柱』がある場所を聖地と呼び、それらを守るように張られた結界を維持するものとして、後に創られたのが聖具とよばれるものだった。

 聖具、とはいってもただの石にしか見えないそれは、淡く緑色に光っている。ここシルヴィー村にある『柱』は、風をまとう。そのため、それを守る聖具にも、その影響が出ているのか、この石からも力が感じられた。

「おつかれー、ルチア!」

 甲高い声を響かせ、小さな影がキャッキャとルチアの頬に飛びついてきた。身丈がルチアの顔ほどの小ささの声の主を、ルチアは優しく自分の手のひらに乗せる。

「ありがと。そっちもお疲れ様、シリル。」

 赤やピンクの服と、髪。大きな瞳も眩しい赤。そんな小さくも元気いっぱいのシリルは、背中で桃色をした薄紙のような羽を、パタパタと忙しなく動かして、ルチアに手を伸ばす。

「私、なぁんにもしてないよ?」

 シリルは首を可愛らしく傾げて、ルチアの手に抱きついた。

 シリルはその見た目からも分かるとおり、人間ではない。彼女は精霊。精霊使いであるルチアに使役された火の精霊である。

 この世界を構成する精霊達には、それぞれ意思と、力、俗に言う「魔法」の力を持っている。人々とそれらの精霊達は、契約を交わす。それによって、精霊達は実体と、より確かな自己を手に入る。そして、人間は魔法を使うことが出来るようになる。正確には、精霊達に力を貸してもらう事で、精霊達の力を思い通り使うことが出来る。そんな精霊達は契約成立の証として、左手小指に、精霊達それぞれの、魔法の力の属性を表す色の石が付いた、指輪をつけている。シリルもその例にもれず、赤色の石の指輪をつけていた。

「さて、見回りも終わったことだし……。帰ろっか。」

「うん!」

 聖具はこういった魔法の力を持って、扱うことが出来る。修復や製作も精霊使いをはじめとする、魔法を使える者、俗に「魔術師」と呼ばれる者達の仕事である。そして、そんな聖具を監視し、見まわることも、彼らの仕事であった。

 シリルはいつものように、ルチアの肩にちょこんと座ると、るんるんと肩を揺らしている。ルチアはそれを確認すると、聖具の安置されているその場所を後にした。




 シルヴィー村にある聖地は、少し、村の中心部から離れた森の中にあり、当然、それを守る役割がある聖具も、その森の中にあった。割と日が差し込む明るい森ではあったが、油断をすれば道に迷う。聖地は立ち入りが制限されている事もあり、この森は一般人があまり近寄ることもないので、踏み固められた道も少なく、細い獣道があるぐらいだった。しかも今は冬で、日が落ちるのも早い。まだ暗くはないものの、もう既に日が傾いているのを見て、ルチアは少し早足になって、森を抜けていった。

 暫くして、森の入り口の近くが見えてくると、ルチアはほっと息を吐いた。そしてルチアは森の入り口の近くに建つ、森番のいる小屋に顔を出し、見回り終了の報告をした。

 この森の中には聖地があるという事もあり、基本的に許可無しで立ち入ることは出来ない。精霊使いをはじめとした関係者も、例外でなく、立ち入りに制限こそ無いものの、無断で入る事はよしとはされていない。

 今日も特に異常は無かったので、軽い挨拶をすませると、ルチアは小屋を出た。日は西に傾き、少しづつ空に赤みが差してきていた。

「ルチア、お疲れ。」

 ルチアが小屋を出て、さあ帰ろうと思った時、突然声をかけられた。

「あ、イーデ。」

 そこにいたのはルチアの幼馴染であるイーデだった。ルチアは手を振りながら彼の方へ近寄る。肩より少し短い色素の薄い髪と、金の瞳が印象的な彼は、それに手を上げてこたえる。

「私もいるよー!」

 シリルはルチアの肩からぱっと立ち上がると、そう言いながら、イーデの方へ突進していった。どうも、ルチアだけに挨拶したのが気に入らなかったようだ。シリルはイーデの近くまで飛んでいくと、その勢いのまま、彼の髪に取りついて、それをきゅぅと引っ張った。

「いたっ、ごめん。ごめんって、わかってるよ。」

 イーデは慌てて彼女の機嫌を取ろうとするものの、シリルはぷぅとほっぺを膨らましたままで、イーデの髪から手を放すと、彼の頭によじ登り、ごろんと横になって、肘をついた。拗ねてしまったのか、それ以上何もしてこなくなったシリルだったが、こうなってしまっては、放っておくより他はなく、イーデはやれやれといった様子で、溜息を吐いた。

 そこでようやく、そんな二人の様子に苦笑いを浮かべたルチアがシリルに追い付いた。ルチアはシリルに手を伸ばして、宥めようとしたが、まだまだ機嫌の悪いシリルは、ぷいと横を向く。仕方がないので、ルチアもシリルを放っておくことにして、彼女はイーデの方へ視線を下ろした。

「なんか、ごめんね。わざわざ迎えにまで来てもらったのに。」

「気にしてないよ。迎えだって、僕の好きでしてることだし。」

 イーデは照れたように微笑む。

 優しいその笑顔は、見た人全てを幸せにするような気がして、ルチアはそんな彼の笑顔が昔から大好きだった。

 ルチアも彼の笑顔につられて笑顔になる。

「それじゃ、行こっか。」

 ルチアの笑顔にイーデは軽く頷くと、そう言って歩き出した。

「でも、ルチア。言ってくれれば、僕も着いて行くんだけど?」

 少ししてこう言ったイーデに、またイーデの心配性がはじまったと、ルチアは半ばうんざりといった表情を浮かべた。

 イーデは、精霊使いとしての仕事のためとはいえ、ルチアが一人、森に入って行くことを心配していた。厳密にいうとシリルもいるのだが、イーデにとっては些末な問題だったようだ。

 ルチアは、イーデのお小言のようなそれに肩を竦めた。

「大丈夫だって。あの森、そんな危険な動物とか…いないよ?」

 イーデはそういう問題じゃない、と言いたげな表情でむっとルチアを見て、また口を開いた。

「僕だって魔法は使えるし、足手まといにはならないと思うけど?」

「そういうことを言ってるんじゃ……。」

 ルチアは、どう返したものかと溜息を吐いた。イーデの言うことが正論なだけ、ルチアの胸にその言葉は刺さった。

 イーデは精霊使いではなかった。しかし、魔法を使うことは出来た。それは、彼もまた、人間でもないからであった。

 この世界には、人間以外にも人型を成した者が存在する。妖精と呼ばれる彼らは、人間に比べ精霊に近い存在で、魔法を使うことが出来る。彼らは人間達とほとんど変わらぬ姿をしているが、瞳だけが人間のそれとは違った。金色の瞳。それが妖精たちのみが持つ唯一の身体的特徴であった。

 イーデも輝く金の瞳、そして、水の魔法を持っていた。

 よい返しが思いつかず、うーんと唸っているルチアを見て、イーデは溜息を吐き、ルチアにとって止めの一撃を口にした。

「だいたいルチア。魔法、苦手でしょ?」

「な……っ。」

 イーデのその言葉にルチアは言葉を失い、しばらく口をパクパクとさせていた。

「イ、イーデのバカ―――!」

 そしてルチアは、怒りで真っ赤になってそう叫ぶと、そのまま走り去っていった。

 ルチアはあっという間に走り去って行き、彼女の地雷を踏んでしまったことに、遅ればせながら気付いたイーデが後悔した頃には、もうルチアの姿は見えなくなっていた。

 そしてその事に気付いたシリルも、イーデの頭からぱっと跳ね起きると、イーデに手を振ると、全速力でルチアを追いかけていった。

「ルチア……。」

 精霊使いとは、一種国家資格のようなもので、精霊を使役し、一定以上の能力を発揮することでようやく、精霊使いを名乗ることが出来る。ルチアの場合、精霊を、この場合シリルを使役するところまでは順調に行っていたのだが、魔法となると二進も三進もいかず、つい最近、十二度目の挑戦でようやく、受かったところだった。

「また怒らせちゃった……。」

 イーデは誰もいなくなったその場所を見て、溜息を吐いた。




「ルチア、まってぇー!」

「………シリル。」

 全力で村を走っていたルチアは、シリルのへろへろとした声で、我に返ったように足を止めた。シリルは体力を使い果たしたのか、ふらふらと蛇行しながら、ようやくルチアに追いついた。ぜいぜいと肩で息をするシリルが肩にとまるのを確認すると、ルチアは少し申し訳なさそうに、指でシリルの頭を撫でた。

「ごめん。シリルのこと忘れてた。」

「わ、忘れてた?! ひどいぃ……。」

「ごめんって。」

 おいおいと泣くシリルに苦笑いをしながら、ルチアは、今度はゆっくりと歩いた。シリルは心配そうな顔をしてルチアを見上げていた。そして、ルチアもルチアで小さく溜息を吐くと、イーデに謝りに戻りに行くべきか、と少しだけ考えていた。

「ルチア。イーデはルチアの事、心配してくれてるんだよ?」

「……わかってるよ。」

 ルチアはもう一度溜息を吐いた。シリルの言うことなど、ルチアは百も承知だ。事実、イーデが心配してくれているのを、ルチアはありがたく思っていた。だが、それとこれと話は別で、はっきり言われれば腹も立つ。

 ルチアはつい数か月前、十六歳にしてようやく、精霊使いの証である徽章を手に入れたものの、魔法が苦手な事は相変わらずで、ギリギリで合格したに過ぎない。

 人間は精霊使いにならなければ、魔法を自由に使うことすら出来ず、精霊使いでない人間が魔法を使えば、厳罰に処される。そのため、ルチアが練習のため魔法を使う場合は、他の精霊使い、または妖精の監視下の元でなければならなかった。幸いにも、その練習に付き合ってくれる人材が手近にいたのだが、個人の資質はまた別で、ルチアの上達速度は大変ゆっくりとしたものだった。

 一般的な精霊使いは、精霊を使役できるかどうかで判れる。そのためルチアのように、それ以外の理由で、精霊使いになれずにいたという例はあまり見られず、ルチア自身、そのことをとても気にしていた。

 特にルチアの父である、ディルバ・エルストルの名はこの国、リュグナーツ帝国で知らぬ精霊使いはいないほど有名な名だった。ディルバは稀代の天才精霊使いとして国中にその名を轟かしていた。

 ルチアはそんな父を誇りに思う反面で、精霊使いとなった今、その名がどれほど重く自分に圧し掛かってくるのか、自分がどれほど期待されているのかを、こんな小さな村にいてさえも、ひしひしと感じていた。ルチアにとって強い力を自在に操る父は、絶対的な目標だった。しかし、現実はディルバどころか、イーデにさえも及ばない。

 精霊使いになっても、私、何一つ変わってない……。

 ルチアは自分の力をよく心得ていた。そのことで一層周りとの差を感じ、ルチアは焦りのようなものを覚えていた。

 もっと、父に近付きたかった。

 ルチアはもっと強い精霊使いにならなければ、と思っていた。周りの人々は、ゆっくりルチアのペースで、と言ってくれていたが、ルチアはもっと力が欲しかった。大好きな父、ディルバの娘として、父に恥をかかせたくなかった。そしていづれは、父に匹敵するような、国で活躍する精霊使いになる、それがルチアの小さな頃からの夢だった。

 そんなことを鬱々と考えていたルチアを見上げていたシリルは、ふっと息を吐いた。

「ルチア。帰ろ? イーデには次会った時に、ごめんなさいしたら大丈夫だよ。ね?」

「……うん。」

 シリルは、ルチアが沈んだ表情をしている理由をはき違えているのか、そう言った。ルチアとしては、気がそれるのはありがたかったので、それに素直に頷く。

 そして、今度はシリルと一緒に、ゆっくり帰途へと着いたのだった。




 一方その頃イーデは、走り去っていったルチアと、それを追いかけていったシリルを見送った後、ひとり自宅へと向かっていた。イーデはとぼとぼと歩きながら、また小さくため息をついた。イーデがルチアを心配するあまりに、いらぬことを言った末に、彼女を怒らせるのは日常茶飯事で、あんな風に走って行ってしまったのも、今回が初めてではなかった。

「ルチアが魔法のこと気にしてるの、知ってるのに。」

「そうそう、あれは言いすぎだな。」

「だよね……。ん? うわ、ウィルド!」

「うわ、って、ひどくね?」

 あまりにも自然に会話に入ってきた彼、ウィルドの方に、バクバクする心臓を抑えながら、イーデは向き直った。それを見て、やれやれと手を腰にやるウィルドは、ルチアやイーデの幼馴染の一人だった。

 イーデは突如背後に現れたウィルドを見て、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「え、だって……。ていうか、ウィル。いつからいたの。」

 イーデはぼそぼそと言い訳めいたことを言おうとしたが、ともかくと思い、恥ずかしげに視線を外しつつ、そう聞いた。ウィルドは思い出すように顎に手をやって、上方を見た。

「え? あー、『僕も着いて行くんだけど?』……のとこかな。」

「それ、ほとんどはじめだよね。」

 イーデは、はぁと溜息を吐いた。格好の悪いところを見られてしまった。なんだか普段から、彼にはこういう場面ばかり見られている気がする。

 ウィルドはそんな友人の姿を見て、可笑しそうに笑うと、イーデの肩にぽんと手を置いた。ルチアに怒られたイーデを慰めるのは、いつもウィルドの役目だった。だが、今回はイーデの自業自得としか言いようがない。

「まったく。言い方を考えろ、っていつも言ってるだろ?」

「う……。」

 ぐうの音も出ないとはまさにこのことで、イーデはその言葉に反論できそうもなかった。

 同年代で魔法を使うことが出来るのは、シルヴィー村にはルチアとイーデしか、いなかった。ルチアがイーデをライバル視するのも、致し方がない事で、イーデに正論を言われると、ルチアはどうしても反抗してしまう。イーデもそのことは分かっていたはずだが、つい口について出てしまうのだった。

 イーデは、しょんぼりと肩を落として俯いてしまった。ウィルドはそんなイーデの姿を見て、仕方がないな、というふうに笑うと、彼の肩にのしっと乗っかった。

「うわっ。」

「しょげんなよ! ルチアに怒られるなんて、いつものことだろー。」

 そう言いながらケラケラと笑うウィルドに、つられるようにイーデの顔にも笑顔が浮かんだ。あっけらかんとしたウィルドの性格は、周りの人まで明るい気分にさせてくれる。沈み込みやすいイーデも、何度もそれに救われてきていた。

「ん。……ありがとう。」

「何が?」

 突然の感謝の言葉に、不思議そうにウィルドはイーデを見た。イーデは何でもない、というように軽く首を振った。

 ウィルドはまだ首を捻っていたが、突然、何かを思い出したように手を叩いた。

「そうだ。俺、お前に言付かったんだった。」

「言付け?」

 ウィルドはそうそうというように頷いた。そして、ウィルドが話した内容は、イーデにとって思いもよらぬものだった。




「ただいまー。」

 すっかり元通りになったルチアは、意気揚々と家の玄関扉を開けた。肩にはもちろんシリルをのせ、そのシリルからも、先程の心配そうな表情は見られなかった。

「お。おかえりー、ルチア。」

「え?」

 母の声を予期していたルチアとシリルは、女のそれよりはるかに低い、男の声に驚き足を止めた。しかし、その声はルチアたちにとって、とても聞きなれた声だった。ルチアはその人物を悟ると、ぱぁと顔を輝かせた。

「父さん!」

 ルチアはそう叫ぶと、急いで扉を閉めて、眼前の父、ディルバに駆け寄った。シリルは父子の再会を邪魔せぬようにか、ぱっとルチアの肩を離れた。

 ディルバは座っていた椅子から立ち上がると、ぎゅっとルチアを抱きしめ、彼女の頭を撫でた。ルチアもディルバにしがみ付き、にこにこと幸せそうに笑っていた。

「いつ帰ってきてたの?」

 ひとしきり再会の抱擁が終わると、ルチアはディルバの隣の椅子に座った。前にディルバが家に帰ってきたのは、もう何か月も前の話で、ルチアはもう随分と長い間父に会っていなかった。

「ついさっきだよ。元気にしてたか?」

「うん。」

 前にルチアが父と会ったのは、もう三ヶ月以上も前の秋の終わりごろの事。晴れて精霊使いとなったルチアのお祝いで、帰ってきた時の事だ。しかし、その時もディルバははた目から見ても忙しそうで、一泊するだけで帝都へとんぼ返りしてしまったのだった。

「今回は長くいられるの?」

 精霊使いの第一人者として、国中を飛び回っている父を、ルチアは誇りに思っていた。だが、家族としての感情はまた別で、やはり母との二人暮らしは寂しいものがあった。

「いや、それは……」

「あらぁ。おかえりなさい、ルチア。」

 ディルバが口籠り、言葉を探すように視線を彷徨わせたとき、階段を下りる軽快なステップと共に、綺麗に畳まれた洗濯物を抱えた女性が降りてきた。ルチアの母、リディアだ。

 リディアは部屋の隅の棚に、持っていた洗濯物をしまい、台所の方へと歩いて行った。ほどなくして、三人分のカップと少し小さめの二つの器、そしてポットを片手に戻ってくると、空いている席に座って、ポットからカップにお茶を注いだ。薄い緑のそれは、リディアお手製のハーブティーで、さわやかな香りが辺りに漂った。

「ルウちゃんとシリルちゃんは?」

 リディアの問いかけにディルバとルチアは、そろそろと隣を向いた。

 その先には二つの小さな影がある。一人はシリル、そしてもう一人。

「ルウ、そのくらいにしとけ。シリルがつぶれるぞ。」

 シリルを押しつぶさんばかりに抱きしめ、頬をすりすりとしていたもう一人は、ディルバの声にパッと顔を上げた。

 彼女はルウ。ディルバと契約している精霊で、雷を使う精霊だった。

「えぇ……。だって、シリルちゃんってば、こんなに可愛いんですよ?」

 渋々と言った様子でルウが、放心状態のシリルを放すと、シリルはへたり込み、息も絶え絶えといった様子だった。飛ぶ気力もなさそうなシリルを見かねたルチアは、彼女を迎えに行き、手を差し出してやった。

 ルチアがシリルを連れて席まで戻ると、リディアが小さめのカップに淹れた、ハーブティーをシリルは一気に飲み干し、そこでようやく一息ついた様だった。

 精霊二人が大人しくなると、ディルバが息を吐いた。

「ルチア。」

「何? 父さん。」

 ルチアはシリルから視線を外し、ディルバの方を見た。ディルバは今までになく深刻そうな顔をして、じっとルチアを見た。

「な、何?」

「実は父さん、今日は仕事で帰ってきたんだ。」

「え…?」

 思いもよらぬ父の発言に、ルチアはディルバを見なおした。

 ルチアの知っている限り、ディルバが仕事でこのシルヴィー村に訪れた事はなかった。シルヴィー村には『柱』が存在するため、ルチアが精霊使いになる前は、『柱』の調査か何かで、年に何度かは皇帝が派遣した、魔術師が村を訪れてはいたが、ディルバがそう言った理由で、シルヴィー村に帰って来たことはなかった。

 ルチアがそれは何故なのかと聞くと、ディルバは事情があって、シルヴィーの担当にはなれないと言っていたのを、ルチアは覚えていた。

 ならば、仕事とは何なのだろう。

 ルチアがふと下を見ると、シリルも同じように思ったのか、驚いてディルバの顔を見上げていた。

 ルチアはもう一度顔を上げて、父の顔を見た。そして、ディルバはゆっくりと告げた.。

「陛下がお前の助力を求めている。精霊使いとして。」

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