政略婚の行く末は

「お嬢様」


 彼は恭しい手つきで、私の靴を脱がせた。

 ベッドに腰掛ける私はそれを静かな眼差しで見つめる。


「宜しいのですか」


 彼はそう訊ねておきながら、こちらの返答を待つことはなく立ち上がって、ベッドの縁に手をかけた。


「『よろしい』も何も……」


 彼は私が幼少の頃に、父に拾われて奉公に上がった――、ずっとそう聞かされていた男だった。

 私の従者として、いずれ王家へ嫁ぐ身であった私を守る護衛として、彼は常に傍にいた。


 だが丁度今から一年前、全てが変わった。

 かねてより王位争いをしていた第一王子と第二王子がそれぞれの策略により、ほぼ同時期に命を落としたのだ。

 私には自業自得としか思えなかったが……。それでも当然国は荒れた。

 いや、荒れるかに思われた。

 私の父が、夭折したとされていた「第三王子」を擁立するまでは。

 そう。その「第三王子」こそ――


「貴方は私の『夫』ではありませんか、陛下――」


 今は王位を継ぎ国王となった、この男であった。

 皮肉げに笑ってそう言うと、男の美しい(かんばせ)が歪む。

 そうだ、何故気付かなかったのだろう。この男の顔も所作も、はじめて会った時から「拾った」と言われるような身分に似つかわしくないほど洗練されていたのに。


「やめて下さい、お嬢様。私は……、貴女の嫌がることはしたくないのです」


 苦しげにそう言う彼を見て、私はふふと微笑んだ。

 いつもと――これまでと同じように。


「少しいじわるが過ぎてしまったわね?」

「……え?」


 私は彼の頬をそっと両手で包み込んで、彼の形の良い唇に己のそれを重ねた。


「本当に気付いていないの? 私がこの日をどれほど待ち望んでいたのか」

「……お嬢様」

「愛しているわ、私のあなた。とっくに知っていると思っていたのに」


 そう言いながらいたずらっぽく笑うと、男の目からほろりと涙が零れ落ちた。

 私は彼をぎゅっと抱きしめる。

 本当はずっとずっと、彼が欲しかったのだという気持ちを込めて。

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