森の捨て子と拾った女
「〜〜っ、ルイ! ちょっと出てきてお話しましょうよ!!」
「やだ」
少年のにべもない拒否の言葉に、女は溜息をついた。
木の扉の向こうにいるルイは、姿こそ見えないが、今頃ふくれっ面でぷりぷりと怒っているのだろうことは、彼と生活を共にして長い彼女には容易に想像がついた。
長いといっても、せいぜい五、六年だけど……。
女が彼とはじめて出会ったのは森の中だった。布に包まれ、かごの中に入れられた赤子――それが、ルイだ。
森で薬師として暮らしていた女は、その赤ん坊を育てることに多少悩みはしたものの、見捨てることなど到底できず、母親代わりとして彼を育てて今に至る。
まあ、「母」と呼んでもらえたことは、一度もないのだが。
「ルイ……、お願いよ。私の言い分も少しは聞いてちょうだい」
普段は多少喧嘩もするが、仲良く暮らしていたのだ。しかし、今朝「ある話題」を口にして以降、彼は自室に立てこもって出てこなくなってしまった。
ある話題――、ルイを町の学校に入れるという話だ。
この国ではある程度の年齢、大体六歳から十歳程度の年齢になると、初等教育を受けるよう奨励されている。
子供にも働いてもらわねば食べていけないような貧困家庭は別だが――、幸いこの家はほぼ自給自足のような生活の上、薬師というのは重宝されるため、金に困るような状態でもない。
なので女は、当然のように彼もその学校へ通わせるつもりだったのだ。
――そこまでは、まだ良かったのだ。
問題は女が暮らすのが森の中だと言うことだ。毎日ここから通うには町は些か遠い。
そのため、事前に町の知り合いへ、彼が教育を受ける間預って貰えるように話を通していた。
その話をした途端、ルイが怒り出したのだ。
「ルイ……。生きていく上で、読み書きは出来た方がいいわ」
「読み書きなら、あんただって教えられるじゃないか」
「それはそうだけど……、やっぱり専門の方のほうが――」
「そんなこと言って……!」
ルイが女の言葉にかぶせるように声を荒らげる。
「本当は……、本当は! 僕をまた捨てる口実なんだろ!?」
その叫びに女はハッと口を噤んだ。
女は、ルイが学校にいくことで新しい生活を送ることになるのが不安なのだと思っていた。
しかし、それは彼の不安の根本ではなかったことに気付く。
彼は「また」と言った。
ルイは自分が森の中で拾われたことを知っている。それは、女が彼に対し嘘をつくような不誠実な真似をしたくなかったからだった。
しかしその事実は、女の予想以上にルイの心に傷をつけていたのだと、今更ながらに気付いた。
「ルイ、部屋に入ってもいい?」
彼からの返答はなかったが、拒否もされなかったため、女は扉に手をかけた。
鍵でもかかっているかと思われたが、それはすんなりと抵抗なく開く。
「ルイ」
部屋の中に入ると、彼はベッドの上で膝を抱えてそこに顔を埋めている。
「……ごめんね。そういうつもりであの話をしたんじゃなかったの。ただ、ここから通うのはあなたが大変だろうから、って思って」
「……嘘。そうじゃなかったら、なんで僕に何も聞いてくれなかったのさ」
その声は微かに涙に滲んでいる。
「ごめん、私が勝手だったね。……あのね、ルイ。嫌なら行かなくていいよ。でもね、学校に行けばお友達もできるだろうし、あなたの世界が広がるかな、って思ったのよ」
女がルイの背を優しく撫でると、彼はようやくゆっくり顔を上げた。
目元が少し赤い。泣いていたことが伺え、女は胸が締め付けられるような気がした。
「…………学校、って、休みはあるの」
「何日かに一度、あるらしいわ」
「休みは、ここに帰ってきて良い……?」
類が女の服を小さく掴んだ。女は堪らなくなって彼をぎゅっと抱きしめる。
「当たり前でしょ。ここはあなたの家なんだから」
ルイは小さく頷くと、緊張の糸が切れたのか女の胸に縋りついて泣きはじめたのだった。
お題「登校拒否」