それはたしかにあなたのためだった

「いい気味でしょう、わたくしが牢の中にいる様は」


 鉄格子の向こう、悲しげな表情で佇む女にわたくしはそう言った。

 幼き頃は隣で笑いあったはずの彼女は、もうここからでは手の届かぬ場所にいて、もう二度と、道が交わることはない。


「他に、方法はなかったの」


 ぽつりと彼女が言った。


「……『方法』とは何のことかしら?」


 きゅっと彼女は唇を噛む。


「とぼけないで……! 卿を……、貴女の父親を失脚させたのはフレデリカ、貴女でしょう……!!」


 叫んだ彼女が鉄格子を握りしめる拍子に、ガシャンと音がなる。

 わたくしはそれを冷徹に見えるであろう眼差しで見つめた。


「……まさか。何故わたくしがそんなことを? その結果……、こうしてわたくし自身が牢の中だというのに」

「殿下の即位のため。……ちがう?」


 あまりにはっきりと告げられたその言葉に、反論することもできず、口を引き結んで沈黙する。

 彼女は黙りこくったわたくしに一層悲しげな目を向けて続けた。


「貴女は愛する殿下のため、この全てを引き起こした。その結果、わたしは――」

「いいではないの。その結果あなたは、『愛する殿下』と結婚できるのだから」


 彼女が酷く傷付いた顔をするのを見て、わたくしは笑みを深める。


「愛する人を奪われたわたくしがどう思うか、想像できないあなたではないでしょう。それなのに、こんな場所まで来て……。物好きなこと」

「フレデリカ、わたしは……」


 こちらに近付こうと一歩踏み出す彼女を睨みつければ、その足は止まって、怯えるように一歩後退した。

 その様を見ていられず、視線を逸らして俯く。


「もういいでしょう。帰って。ここは、あなたのような人がいるべき場所じゃないわ」


 彼女は何かを言いたげに息をつくが、結局は何も言わずに背を向けた。

 その場を去る足音が響く。わたくしはたまらず顔を上げ、その背中を見つめた。


「……『殿下のため』なんて、冗談ではないわ」


 消えていく背中を見るのが悲しくて、目を閉じる。


「わたくしは、あなたのためにしたのよ」


 愛する貴女が、愛する人と共に笑えるように。


「…………、っ」


 目を開く。

 だがそこにはもう、誰の姿もありはしない。

 きっともう、二度と誰かが現れることもないだろう。

お題:「ヨーロッパ」

Copyright (C) Miyuki Sakura All Rights Reserved.
inserted by FC2 system