花になった少女と

 風が吹き、遠くで大きな風車が回っている。

 シーナはチューリップ畑の傍の石垣に座り、足をぶらぶらさせていた。


「またさぼってるのか、シーナ?」


 その声に振り向けば、黒髪の青年が水桶を持って立っていた。


「だぁって、こーんな良い天気なのに……」


 はぁ、とため息をついて、地面に置いたままの洗濯物の山に視線を落とす。


「……仕方ないなぁ、もう!」


 シーナはぴょいっと立ち上がると、洗濯の山が乗った籠を持ち上げた。


「水汲みなんでしょ? 一緒に行きましょ、ルアン」

「……良いけど」


 二人で並んであぜ道を歩く。


「……すっかり花の季節ね」

「そうだな」


 見渡す限りの色とりどりの花にシーナは目を細めた。

 花畑くらいしかない片田舎で育ったシーナには毎年の見慣れた光景。

 しかし、何度見ても美しいと思う。


「こんなに綺麗な花になれるなら……、素敵よね」


 ぽそりと呟くとルアンが不思議そうな顔でこちらを見た。シーナは彼に笑い返す。


「――昔々、美しい女の子がたくさんの男の人に求婚されたんだって。いっぱい宝物をもらったけど誰も選べなかった女の子は…、自分を花に変えてしまったらしいわ。

 それがこの花、なんだって」


 シーナは周囲を囲むように生えているチューリップを指差す。


「へぇ」


 ルアンは相槌を打つが、さほど興味はなさそうだった。

 ちゃんと聞いてるのかしら、とシーナは口を尖らせたが、ふと空を見上げ――続ける。


「金銀財宝より……、わたしは一本の花がほしいわ」


 心からの愛を込めた、たった一本の花。

 それがあったら、少女が花になることもなかったのではないか。

 そんなことをシーナは思った。

お題「チューリップ」


下記の伝説を参考にしました。


ある美しい少女に3人の騎士が求婚をした。一人は黄金の王冠、もう一人は剣、最後の一人は財宝をもって愛を囁いた。しかし、三人の騎士から求婚されたものの、誰とも選べぬ少女は悩んだ末に、花の精霊に願い、自分を花の姿に変えてもらった。結納であった王冠は花に、剣は葉に、財宝は球根になった。そして、花の姿に変えられた少女の名から、その花はチューリップと名付けられた。

(Wikipedia「チューリップ」より引用)

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