魔女の秘蔵レシピ

「妖精界にだけ生える幻の茸――」


 紫色に光る茸を摘まみ上げ、ソフィアは神妙な顔でそれを観察する。

 うっすらと発光するそれは、いかにも毒がありそうな見た目をしていた。しかし、これから作ろうとしているものには、欠かせない材料だ。

 ふぅと息をつけば、ソフィアの後頭部で薄青の髪が揺れる。

 人ならざる色のそれは、彼女が人智を越えた力――魔力と呼ばれる力を持つ証だった。

 ソフィアはその茸を、台の上に置いた木の板の上に置き、鋭利なナイフをかまえる。


「それを幼竜の牙と同じ幅に切って……」


 ソフィアは神木を薪に使って起こした火の上に置いた平たい鍋の中に、茸を切ったものを入れた。


「二十回混ぜる」


 鍋の中でパチパチと音を立てて焼き目がついた茸から、薄い紫の煙が立ち上る。

 それを見たソフィアはにんまりと微笑んで、次の工程にうつった。


「えーっと、次は……。インビジブルスネークの卵…くらいの大きさに切った、コカトリスの幼体の肉も鍋に入れて――混ぜる」


 ソフィアは肉に白みを帯びてく焼き色がついてきたのを確認し、霊峰の土から作った陶器に入った乳白色の液体を鍋に注ぎ入れた。バロメッツから生まれた羊の乳だ。


「これをしばらく煮たたせて……、それから――」

「何してるんですか」


 突然聞こえた青年の声に、びくっとしてソフィアは振り返った。


「あ、ロゼル」


 ソフィアはニコニコと微笑んで、鍋をかき混ぜていたヘラを持ったまま手を振った。

 十年前――百年前だったかも知れない――から同居するたった一人の弟子だ。

 弟子にしてくれ、と言って現れた彼は、赤い色の瞳に魔力持ちの証を湛えていた。

 そんな少年も瞬く間に背が伸び、可愛らしいというと腹を立てるような年頃。もっとも最近は諦めているのか肩を竦めるだけだが。

 今もその時と同じ顔をしている。


「今度は何を作ってるんですか。透明人間になる薬ですか? でもあれ、服は透明化しないって不評だったでしょう。それとも、惚れ薬ですか? 『むしろ嫌われた』って王女殿下が乗り込んで来られましたよね」

「と、透明化薬はその通りだけど……! 惚れ薬は効きすぎて近寄れなかったからだって、後でわかったじゃないの。今は仲良くおしどり夫婦――、って違うわ、そうじゃなくて……!」

「じゃあ何を?」

「もう! 見れば分かるじゃない、これよ」


 ソフィアは台の端に置いていた薄い板を、ずいっとロゼルの方に突き出した。そこには黒い糸状のものが並んでいる。


「これ……」


 呆れきった顔のロゼルに、ソフィアはふふんと得意気に笑った。


「黒小麦の粉で作った麺! これを茹でて、さっきのソースに入れるのよ」

「……つまり?」

紫光茸(むらさきひかりだけ)とコカトリス肉のパスタ! さあ、お昼ごはんにしましょう」


 ロゼルはやれやれという顔で肩を落としながらも、平皿を取りに向かう。

 今日も魔女の家はのどかだ。

お題「キノコ」


参考にしたレシピ

鶏ときのこのクリームパスタ」(クラシル)


……今度作ろう。おいしそう。

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