

人を襲い、血を啜ると噂される魔族たち。
彼らの住む領地の境にある山中へ、王女ミリーナは捨てられた。
国に帰ることも出来ない。しかし、進めば魔物の食料となってしまう……?
悩んだ末に進むことを決めるも、案の定、魔物に襲われてしまう。
大ピンチのミリーナを救ったのは、美しい顔をした男。だが彼の頭には二本の角が生えていて――
捨てられ王女ミリーナの運命は!?
数奇な運命に引き合わされた二人の異種族恋愛譚。
タイトル | 捨てられ王女と拾った魔王 |
タイトル(かな) | すてられおうじょとひろったまおう |
著者名 | 雪野深桜 |
著者名(かな) | ゆきの みお |
刊行日 | 2022年11月01日 |
種別 | 短編 |
ジャンル | 恋愛ファンタジー |
「ここで降りろ!」
馬車の扉を開け放った男が、中に一人座っていた女を乱暴に引きずり下ろした。
土がむき出しの地面に手をついた彼女は、ひりりとする痛みで怪我をしたことに気付く。座り込んだまま痛むその両手を見ると、いくつもの裂傷が白い肌に刻まれていた。
「……『
女が小さな声でそう呟くと、その傷は瞬く間に消えていく。
それを見た男は、忌々しそうな目で舌打ちをした。
「気味が悪ぃ……」
フンッと鼻を鳴らし、その男は御者台に座り直すと嘲るような顔で女を見下ろす。
「王妃様に目をつけられたこと、運が悪かったと思うんだな、ミリーナ王女様」
そう吐き捨てると、男は無人の馬車と共に、その場を去っていった。そんな光景を見ながら、一人取り残された彼女は途方に暮れる。
こうしてその女――王女であったはずのミリーナは、国から捨てられた。
・・・中略・・・
ミリーナは溜息をつきながら立ち上がった。
「どうしよう……」
このまま進むか、それとも王都へ戻って慈悲を乞うか。
どちらを選んだとしても、無事でいられる保証はなかった。が、魔族側の提案が罠ではなかった場合も無くはない。
そう考えれば、魔族領へ向かう方がまだマシか。
理性ではそう結論を下したミリーナだったが、はいそうですかと進むのも躊躇われた。何故なら魔族というのは――
噂に伝え聞く彼らの話を思い出して身を震わせる。
「私なんか、丸飲みされてしまうかもしれないわ……!」
魔族というのは、極々――極一部を除き、凶暴な野生動物のようなものらしい。その上、魔物と呼ばれるそれらは人間を好んで食すのだという。何より、その極一部の理性がある魔族も、人の生き血を啜るとか啜らないとかいう話だ。
そんな場所へ単身乗り込んで、無事でいられるとはとても思えない。もちろん、王妃はそれを承知でここに送り込んだわけだが。
「でも、行くしかないのよね……」
自殺志願者でもあるまいし、選ぶならば死ぬ確率の低い方だ。
もしかすると、噂は噂に過ぎないかもしれない。
「……行くわよ!」
ミリーナはぎゅっと拳を握りしめて、魔族領に向かって足を踏み出した。
しかし、やはりというべきなのだろうか。
「――っ、『
ミリーナは走りながら、後ろに向けて手を広げ叫ぶ。掌の中心に火球が生成され飛んでいくのを横目で確認しながら、木々の隙間を駆けた。
だが――
「ああ、もうっ!」
自身の背後にいる魔物――、人の身丈より軽く倍はありそうなそれには、然程ダメージを与えられている様子はない。
火に怯んだのかほんの少しだけ足が遅くなって、どうにか追いつかれずに済んでいる。
とはいえ、それもいつまで保つか。
どうしてこんなことに、と泣きそうになる。だが、めそめそする暇すら与えてはくれない。
魔族領と故国の間に横たわる森に入ってすぐの場所では、小さな魔物しか現れなかった。こちらが近付いても逃げていくか、襲ってきた場合でも簡単に倒すことができた。
とはいえそんな風だったのは本当にはじめの間だけで、敵がどんどん強くなっていくのを感じ、ミリーナは隠れつつ進む作戦に切り替えた。
しかしそれも長くは続かず、今に至る。
走っては魔法を放ち、走っては――、と繰り返し一体どのくらいになるか。そろそろ体力の限界も見えはじめている。
でも止まったら終わりだ。そう思った時。
「あっ!?」
足が絡まってバランスを崩す。そしてそのまま、地面にどしゃりと顔から転んだ。
「いっ……」
よろよろと手をついて起き上がり、ハッと後ろを振り向く。
そこにはあの魔物が足を止めていた。目の錯覚か、にたりと笑っているような気さえする。もうこちらに追いつけると確信し、それはゆっくりゆっくりと近付いてきていた。
「っ――」
あまりの恐怖で悲鳴すら上げられない。逃げなければ、と思うが身体が動かなかった。
ああ、お母様……。
ミリーナは手を握りあわせて、きゅっと目を閉じる。そして、遠い空の向こうにいる実母に祈った。
助けてとは言いません。でもどうか、苦しむことのないよう――
目を閉じていても、魔物が近付いてくる足音――いや、振動が伝わってくる。
もう駄目だ――。
絶望に打ちひしがれそうになった時、何故だか不意にその地響きのような音が止まった。
「――……?」
おそるおそる閉じていた目蓋を開くと、魔物はもうこちらに視線を向けてはいない。もっと重要なものを見つけたかのように、空を見上げて静止している。
一体何が、とミリーナも同じ方向へ目をやると、そこには信じがたい光景があった。
「…………ひと?」
何もないはずの空中に、人が立っていた。
――いや、あれは人間ではない。
黒く長い髪をたなびかせるその男は、魔物を見据えて一言こう言った。
「去れ」
その瞬間、魔物はビクッと身体を震わせて、一目散にどこぞへと消える。
怖ろしく凶悪な化物がたった一言でその命令を聞いた。それはつまり、あの男がそれだけ格上の相手だということ。
ミリーナが呆然と男を見上げていると、彼はようやくこちらに視線を向けて……、どうやらこちらに近付いてきているようだ。その姿がどんどん大きくなってくる。
そしてやはり、その男が「人間ではない」のを知る羽目になった。
美しい相貌、長い黒髪に同じ色の瞳。それだけならばただの人間に思えただろう。
だが、男の頭部には人間には存在するはずもないものがあった。
黒い二本の角。
それを認識した瞬間、ミリーナは再びもう駄目だと思い、あっという間に意識を失った。