その日 僕は女神の天啓を得た
――私を助けて。
その声を聞いた日、僕は全てを捨てて彼女を探しはじめた。
あんたが女神像を探してるって男か?
有力情報を持つ青年との出会い。しかし……。
私はあの男のことを、とても憎んでいるの。
旅の果てに見つけた真実は、あまりにも非情なものだった。
【短編小説】
月の女神の御心のまま
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あらすじ

 誕生日の夜。ルシウスは夢の中で、女神のように美しい女が助けを求める声を聞いた。

 僕が彼女を助けなければ――

 決意を胸に、ルシウスは全てを捨て彼女を探す旅に出る。


 女を探し求める中、有力情報を得る見返りにルシウスは、一人の青年と魔物討伐へと赴くことに。姿を見せぬ厄介な敵。そして、その先でルシウスが知る真実は……?

 夢の女、勇者、魔女、そして光の力。ルシウスは大いなる過去の因縁に、否応なく巻き込まれていく――

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タイトル月の女神の御心のまま
タイトル(かな)つきのめがみのみこころのまま
著者名雪野深桜
著者名(かな)ゆきの みお
刊行日2022年06月25日
種別短編
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本文サンプル

 ――私を助けて。

 その声は彼が物心ついた時には既に聞こえていた。

 私を助けて、助けて、助けて――

 成長するごとにその声は大きくなり、夢では手を伸ばす人影が見えた。

 そして十六歳――成人だと認められる年齢を迎えた誕生日の夜。

 ――あぁ、やっと逢えた、ルー。

 声だけだった彼女はルー――ルシウスの手を握った。

 ――どうか私を助けて、ルー。迎えに来て。

 初めてはっきりと視認できた彼女は、眩いばかりの長い金の髪をふわりと揺らす可憐な女だった。美しい女だ。本当に。はじめて見るような――。

 髪と同じ金の瞳を優しげに細めて微笑む彼女を見ていると、ルシウスはどうしようもなく切ない気持ちになった。その気持ちに突き動かされ、彼女の手を強く握り返す。

 そうあることが当然の使命であるかのように。

 わかった。必ず君を迎えに行くよ、レイティア

 聞いたこともない、知っているはずもない名が、何故か口からすべり出した――。




「冒険者になるだと!?」

 ルシウスは頬に強い衝撃を受けて、床に転がった。

 殴られたのだ。

 そのことに気付いた時には、尻餅をついて床に強打した臀部が痛み出していた。

 頭上からは父の怒鳴り声が降ってくる。ルシウスと同じヘーゼル色の目は、怒りのためか瞳孔が開ききっていた。その後ろでは母が、結い上げられた淡い金の髪を揺らして、弱々しく制止の言葉を口にしている。

 その様を見ながら、同じ金でも全く違う色なのだな、とルシウスは場違いなことをぼんやり考えていた。自身にも受け継がれたその色を嫌ってはなかったが、昨夜の輝くばかりの金色を思い出せば、どこか色褪せて見える。

 しかし、そんなことをつらつらと考えている間も、父の興奮は収まることはなく、更に怒鳴り声が続いた。

「宮廷魔導師になることが、どれほど名誉なことか分かっているのか!?」

 遅れて痛みだした腫れ上がっているであろう左頬に、ルシウスは手を当てる。床に座り込んだまま、怒りで顔を真っ赤にする父を黙って見上げた。

 ルシウスは(たぐい)(まれ)な強い「光の力」を持って生まれ落ちた。

 それは魔力と呼ばれる不可思議な現象――何もない所に火や水を発生させる、などといった魔法と呼ばれるもの――を起こすことが可能となる力の一種だ。

 しかしこの国では、この光の力を「救いの象徴」として特別視してきた。

 かつて世を破滅に導かんとした悪しき魔女――「災厄の魔女」を滅し、国を興した祖でもある「勇者」が持っていた力として。

 ()の勇者が生きた時から遥か時代を経て、光の力を扱うことが出来る者自体はもう珍しくはない。魔導師や神官といった者たちは、ささやかに与えられたその力を使って、人々を癒し、護り、導いてきた。

 だが、ルシウスは違う。

 国の辺境、決して大きいとは言えない村の出身でありながら、生まれて早々王都から目を付けられるほどに、強大な光の力を有していたのだ。

 勇者のそれにも匹敵する――、などと言われるほどに。

 今はその事実を家族、本人、それに気付いて王都へ報告した神官――、などといった極一部しか知るところではない。

 だが、物心ついた時には王都から教育係として神官が派遣され、普通の子供とは違う環境で育ち、そしてきっと普通の人々とは違う人生を歩むことになるのであろうことは、周囲の誰もが理解していた。

 成人の日を迎えた後は間もなく王都へ向かい、そこで高等教育を受けたのちに任官する。それはもう殆ど決まった話だった。

 そう。決まっていたし、誰もが期待をして、これから輝かしい経歴を積んでゆくことを疑ってはいなかった。

 そしてそれはルシウス自身さえも、だ。

 何の疑いも持っていなかった。決められた道を歩まされているということにさえ、気付いてはいなかったのだ。――昨夜までは。

 父はもう聞き取れないような早口で何かを、おそらく非難の言葉は捲し立てている。その視線から逃れるようにルシウスは俯いて、自身の手のひらを見つめた。そしてそれをぎゅっと握りしめる。

 昨夜、夢とは思えぬほど鮮明に伝わったやわらかな手の感触と、まるで死体に触れているかのような冷たい温度が思い出された。

 救わなければ。

 ルシウスはそう決意する。

 あんなにも冷たい手をしていた。きっと彼女はどこかで今も苦しんでいる。そして、そこから解放してやれるのは自分だけだ。そんな確信があった。

 だから痛む頬を無視して立ち上がる。そして父を真っ直ぐに見つめ返した。

「僕には使命があるんだ。それは、僕にしかできない」

「――ッ!!」

 ルシウスは父からもう一発、拳をもらった後に家を出て行った。




「冒険者」と言えば、どことなく響きの格好は良いような気がする。

 しかし実際のところ彼らは、何でも屋といってもほぼ差し支えない存在だった。

 薬草取り、屋根の葺き替え、迷子の猫探し……あとは時折町の郊外に現れる魔物――名前は大層だが野生動物がほんの少し凶暴になった程度の生物――を駆除する、といった程度の仕事が主だ。

 いや、「主だった」と言うべきだろうか。

 ここ十数年の間に、殆ど野生動物と変わりなかった魔物たちが魔法を使うなど、少しずつ凶暴化しているような気配を見せていた。

 それこそ、勇者のいた時代はそういった強大な魔物が多くいたらしい。

 だがほんの何十年前まで、物語の中にしかいない存在という扱いだったそれらが、目の前に現れはじめたのだ。

 そういった事情から、人々の生活を脅かすものを退治してくれる存在として、冒険者たちの社会的地位は以前に比べれば向上していた。

 しかしそれでも、宮廷魔導士とは待遇、周囲からの視線など、様々なものが比べ物にならないのもまた事実だ。父が自身を殴りつけるのも仕方ないと、ルシウスも思っていないではなかった。自身の持つ力を最大限使えれば、きっと国王の傍へ侍ることも夢ではなかったはずなのだから。

 だが今にして思えば、そんな未来に興味があったのかは疑問の残るところだ。それよりも今は、この光の力が魔物にはとても有効な力であることの方が重要だった。

 そのためルシウスはそれを生かし、魔物退治を主とした冒険者として活動をはじめた。

 経験を重ね、ある程度の自信と実績を積んだ頃には、家を飛び出してから――、半年の月日が経っていた。

 殴られた左頬の痣はとっくの昔に消えている。しかし、こうして静かな夜の森に一人きりだと、色々と思い出すことも多い。

 もう痛くないはずの頬を撫でる。

 ほんの少し頬の代わりに胸が痛んだが、後悔はしていなかった。

 ルシウスの夢にはあの日から欠かさず美しい女――レイティアが現れていた。ほんの短い間会話を交わすこともあれば、どこか見知らぬ光景を見ることもある。

 生身の彼女を見ることもあれば、満月のような色をした澄んだ石でできた像の姿をしている時もあった。何かを求めるように手を伸ばす動かぬ彼女。それを、美しい女神の像だとルシウスは思った。

 レイティアはある時、こう教えてくれた。私は閉じ込められているのだ、と。

 彼女の動きを封じて身動きができないようにしているのが、あの像なのだと直感した。

 だからルシウスは――、

 その時、目の前で焚いていた火が音もなく消えた。

 真っ暗な中、ルシウスはおもむろに立ち上がる。そして振り向きざまに手のひらを虚空に向けた。

 闇に沈んだその場所は、視覚では何も確認することは出来ない。しかし、ルシウスは躊躇うことなくその掌に光の魔力を集めた。

 一瞬で光の玉が出来上がり、辺りを照らす。

 そしてそこには、今まさにルシウスへ食いかかろうとしていた黒い狼――のような魔物がいた。しかし、その牙がこちらへ届く前に、射出された光球がその魔物に命中する。

「ギャウッ!!」

 魔物は甲高い悲鳴を上げて、地面に叩きつけられた。それはほんの瞬く間の出来事だった。

「……はぁ」

 ルシウスは周囲から敵の気配がなくなったことを確認すると、詰めていた息をはいた。

 そして地面にしゃがみ込み、もう一度焚き火をつける。一帯が再び明るくなったが、もうそこに先ほどの魔物の姿はない。彼らが死ぬ時、その身体は粒子となって消えてしまうのだ。その代わりに核のような黒い石が、魔物の横たわっていた場所に落ちている。

 魔石と呼ばれるそれをルシウスは拾い上げて鞄にしまった。

「これで依頼は完了だな」

 魔物が死する時、唯一残していくのがこの魔石である。

 ルシウスは今回の依頼である「森に棲みついた黒い狼の退治」を完遂したのだった。




「はい。確かに魔石を受け取りました。依頼達成おめでとうございます」

 冒険者への依頼を斡旋しているギルドの受付で手続きをしたルシウスは、担当の女から報酬分の金銭が入った袋を渡された。

「ありがとう。それより――」

「あ、はい。ご依頼いただいていた……女神像について、ですね」

 ルシウスが冒険者になった一番の理由はこれだ。国中を回りながらこうしてレイティアが封じられている場所の情報を探る。

 そのためにはこの職業がうってつけだったのだ。

 しかし受付嬢は眉を曇らせる。

「石で彫られた女神像や壊れたものはいくつか存在します。かつては女神も信仰の対象でしたからね」

 ルシウスは頷く。

 この国が建国される更に以前は、女神信仰もあったらしい。だが「勇者」が後に国を興すと、その信仰は徐々に勇者を神格化したものにとって代わられた。そのため大昔の廃村や森の中に朽ちた女神像は残っているものの、ルシウスの探すような美しい女神像などは殆ど存在しない。

 受付の女も同じこと思っているのか、沈んだ声で続ける。

「お探しの女神像は透き通った物質でできたもの、ということでしたので……」

 後に続く言葉は想像に難くない。

 見つからなかった。

 そう言われるのを覚悟する。他の街でも同じ、聞きなれた言葉だ。また別の場所へ探しに行けばいいだけ。そう思って落胆するまいとしていたが、やはり心は沈んでゆく。

 しかしその決定的な一言を告げられる寸前、不意に聞き慣れぬ男の声が割って入った。

「あんたが女神像を探してるって男か?」

 振り向くとそこには、いかにも冒険慣れした風体の若い男が立っている。年回りはルシウスよりも、ほんの少し上だろうか。赤みの強い短い茶髪が印象的な男だ。

続きは本編にて...
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