彼らが出会ったのは偶然か それとも必然か
二人きりの世界 その先に見つけるものは


青年が目を覚ました時、彼は全てを失っていた。自身の過去、名前、記憶――、かつて持っていたはずのそれらを、何もかもなくしてしまったのだ。
そんな彼を救ったのは、深い森の中で暮らすひとりの少女。真っ赤な不思議な魅力を持つ瞳を持った少女であった。
傷だらけで森に倒れていたという自分を、何の見返りを求めることなく世話してくれる少女に青年は心を奪われ、そしてまた、少女にとっても青年はかけがえのない存在となってゆく。
二人きりの世界で、互いを求めるようになる二人。
その執着は愛か、それとも――
タイトル | 深き森に咲く赤 |
タイトル(かな) | ふかきもりにさくあか |
著者名 | 雪野深桜 |
著者名(かな) | ゆきの みお |
刊行日 | 2022年04月01日 |
種別 | 短編 |
深い森の奥。
日中すら夜の帳の中であるかのような、暗い森がそこにはあった。
「…………、」
フードを目深にかぶる小柄な少女は、その木々の隙間を慣れた足取りで歩いてゆく。手には小さな籠を持ち、その中には森で摘んだのであろう草や木の実が入れられていた。
真っ赤な――真っ赤な、その木の実を少女は一つ口に放り込む。甘酸っぱいその味に彼女はきゅっと目を瞑った。
「……?」
目を開いた少女は視線の先――、その地面に何か落ちているらしいのを見つける。
前に来たときにはあんなものはなかったはずだ。訝しんだ彼女は、そろりとその場所へ近付いていった。
「――!」
少女は息を飲む。
人だ。
慌ててしゃがみ込んだ傍には、暗い森で浮かぶように白い人の手が投げ出されている。
彼女はその手をそっと持ち上げた。
抵抗はない、つめたく冷え切っている……が、手首に指を這わせれば脈があった。
「…………っ」
少女はその手を辿り視線をその手の主へ向ける。
それは傷だらけで意識を失った、見知らぬ青年であった――。
*
チチチ……、と小鳥の鳴く声が聞こえる。
うっすらと目を開けば、そこには見覚えのない天井があった。
「……ここ、は?」
青年は寝かされていたベッドから起き上がらないまま、きょろきょろと周囲を見渡す。
木の風合いがあたたかな部屋だ。寝具も清潔で、開けられた窓からはやわらかな日差しがカーテン越しに差し込んでいる。
不思議と安心するような場所だが、やはり記憶の中にはない。
状況の把握をしなければ。そう思った青年は起き上がろうとして――
「っ!? いた……」
動いた瞬間、全身に痛みが
どうにか動く腕をゆっくりと持ち上げて、身体にかけられていたシーツをめくれば、服の隙間から包帯が見えた。
どうやら、全身を怪我しているらしい。消毒薬の匂いにもようやく気付く。
だがこんな傷を一体どこで……?
青年は内心首を傾げつつ、仕方なしにもう一度ベッドへ身を沈めた。
あらためて首だけを巡らして周囲を観察する。
掃除の行き届いた小さな部屋には、かわいらしい棚やテーブルといった調度品。居心地の良さを感じる部屋ではある。
すぐ傍にあるカーテンを持ち上げると、小さな丸窓から空が見えた。小鳥が目の前を横切ってゆく、なんとものどかな光景だ。
しかし、起き上がることの出来ない青年に見えるのは青く澄んだ空ばかりで、場所の特定には至らない。どうしたものかと少々の落胆を覚えた時、不意に背後から気配を感じた。
青年はハッとして振り返る。痛みを堪えつつ起き上がり、気配のした方を見た。
が、誰もいない。
と思ったところで、壁の向こうに気配があることに気付いた。
扉のない出入り口をじっと見つめていると、やがてその陰からそろりと頭が現れる。頭に深く頭巾をかぶっているため、口元しか見えないが――、どうやら少女のようだ。