雨が降っていた。

 梅雨に入ってからというものの、とんと青空を見なくなった。

 雨が降るのは良い。雨がなければ、作物は育たず、人々も生きていけない。

 とはいえ、こうも雨続きでは気が滅入ってしまう。

 今日の授業が終わると、彼は帰る用意を済ませ、傘を差し、自身が通う学校の校舎を出た。帰途を辿る道すがら、同級生が自転車で追い越していくのを、手を振って見送った。

 学校から程近い場所にある家に間もなく着くと、玄関先で傘を畳み、それを振って雨粒を落とした。

 鍵を開け、しんとした家のなかに入る。両親は今日も仕事で家にはいなかった。

 彼にとってはいつもの事。それを気にもせず自室に入ると制服を脱いでハンガーにかける。そして、ゆったりしたシャツに着替え、机に座った。

 参考書を取り出し、ノートを開く。

 受験生となったこの年、遊んでいるわけにはいかなかった。

 今日は6月6日。前に愛する彼女に会ったのはいつだったか。もう一月は会っていない気がする。

 寂しい思いはある。だが、それ以上に、彼女の為に望む進路を叶えたかった。

 いずれ、彼女の側で大切な人々の為に働く。それが彼の望みだった。

 その為には、よい大学にいき、精一杯勉強をして、少しでも力をつけたかった。

 雨音とシャープペンシルの黒鉛がノートに文字を刻む音、それから彼の微かな呼吸の音だけがその場を支配していた。

 ページをめくる。

 ふと途切れた集中。

 その時、カタリと小さく音が聞こえた気がした。

 振り向いて音の方を見る。

 視線の先には、ほっそりとした黒猫が、窓の外の僅かな隙間に器用に立っていた。にぁーお、と窓越しに声が聞こえる。

 少し前から、何故か猫になつかれるようになった。警戒心の強い野良猫も、そろりと近寄ってきて、足にすり寄ることもあった。

 だが、窓越しに現れたのははじめてだった。

 あんなところにいては濡れてしまう。

 これも何かの縁だ、と彼は窓を開け雨宿り場所を提供しようと立ち上がった。

 だが、その猫はふいと視線を逸らすと姿を消した。屋根にでも飛び移ったのだろう。

 猫はいなくなってしまったが、どことなく引っ込みがつかず窓辺まで歩いた。

「……あ。」

 窓から青空が見えた。雨は止んでいて、雲間から差す光が何とも美しかった。

 下方に目をやれば、先ほどの猫が地面からこちらを見上げて、こちらの様子を窺っていた。

 そしてこちらの視線に気が付くと、気がすんだのか、タッと駆け出して別の猫の元へと駆け寄っていった。見事な白い毛並みのその猫は、陽光でキラキラ輝いて見えて、金毛のようにも見えた。

 その様子を見ていた彼は、窓を開けて、まだ雨の匂いの残る空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 頭が冴えたような気がした。

 そして、また、机へと戻る。

 今度の土日は彼女に会いに行こう。

 そう、思いながら。

あとがき

 6周年でブログに書いた小説を転載しました。

 6周年ありがとうございます!


 ということで、まぁ、読めば想像つくかと思いますが、彼です。

 ちなみに、目指すは経済学部的ところです。世界の仕組みを学んで、ちょっとでも役に立ちたいのです。

(2017/09/16)
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