月夜

 月夜の夜だった。

 窓にかかるレース地のカーテン越しにも眩しく思うほど、明るい月の輝く夜。

 寝静まった邸内は、人がいなくなってしまったかのようで、一抹の恐怖すら感じる。隣に眠っていたはずの男は、姿を消して久しいのか敷布に温もりすら残っていなかった。

 女はのそりと身を起こすと、辺りを見渡した。続き部屋の戸が半開きになっていた。女はベッドから抜け出すと、その戸から顔を覗かせた。

 腰上までの窓しかない寝室と違い、この部屋にはベランダへと通ずる大きなガラス窓がある。そこに備えられた外への扉も開いていて、ガラス窓を隠す大きな薄手の布が、はたはたとひらめいていた。

 足音をたてないように近付くと、案の定目当ての男がいた。

 ベランダの柵に寄りかかり物思いにふける男の後ろ姿を見つめ、かける声を探したまま口をつぐんだ。

 月光に照らされる男は、侵しがたい清廉さで、それを壊すのがひどく無粋な気がしたのだ。

 薄いカーテンに半ば身を隠したまま、女は窓に指を這わせ、見惚れるように男の背中を見る。

 光に照らされ、蜂蜜色の男の髪がよりキラキラと艶めいていた。それが、白い寝着の襟口にかかって、艶かしささえ感じた。

 女の視線に気が付いたのか、男がふと振り返った。そしてそこにいるのが、男の最愛の妻だと分かると、他の者には決して見せない、甘い、甘い微笑を浮かべる。

 男の手招きに誘われるように女が外へと足を踏み出す。側近くまですり寄って来た女を男は柔らかく抱きしめると、女の背に流れる豊かな黒髪に指を通した。

 まるで夜空のよう。

 男は女の髪に口付けを落とし、そう思った。

 目が覚めたら貴方がいなかったから驚いた、と可愛らしく口をとがらせる女に、男はもう一度微笑んで、女の額にも口付ける。

 夜空の髪を持つ君が、月に召されるのではと思って、空を見ていた。

 そんな事を言っては、きっと何を馬鹿なと笑われるだろう。

 結局、男はその思いは胸中に秘めたまま、女の手を取り、掴んだその手を引いて中へと続く扉をくぐる。そして男はそれをしっかりと閉めた。

 彼女が、月へと召されてしまわぬように。

あとがき

 2000hit突破しました。ありがとうございます!

 というわけで、今回書きましたのは、特に何の設定もない、夫婦のいちゃつき風景です。

 ふんわりした設定もどきとしては、普段怖い顔で仕事してる王様と、彼に嫁いできた貴族のお嬢さん。(結婚5年目)

 ……と、いう感じです。


 お題はお題ボット @tanbunodai_bot さん配布の「月夜」です。


 では、見て下さっている皆様、ありがとうございました!

 引き続き頑張っていきます!

(2017/04/26)
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